「弁護士は多すぎは本当ではない」?・・・2008年2月9日日経新聞社説を読んで

投稿日時 2008-02-10 | カテゴリ: 時事問題

2月8日に日弁連選挙がありました。
日弁連とは、日本弁護士連合会のことで、弁護士であれば、大学教授あがりの弁護士だろうと(今はもうこの制度は廃止されましたが)、裁判官、検事あがりの弁護士だろうと、全員強制加入しなければいけない組織です。
私が弁護士になった12年前は、弁護士の数は1万2000人程度だった気がしますが、今や全国3万人に届くのが目前となりました。そろそろ3倍ですかね。すぐに4倍、5倍になるそうですが。
司法書士、土地家屋調査士など他士業の人数とは、比較にならない程増え、いずれ税理士の人数に匹敵する、一大組織・意見・政策集団となるのは確実です。
 弁護士は、増えた方がいいのか、そのままでいいのか。難しい問題です。

ただ一つ言えることは、弁護士会としては、数のパワーが確実に増すという意味で、増員は望ましいことではあるのは間違いありません。一士業の選挙結果が、写真入りで新聞記事になった例は、他に例を見ないし、日弁連選挙でも今までほとんどなかったのではないでしょうか。
個々の弁護士としては、いろいろ意見はあるでしょうが、企業法務を主としてやっている弁護士(今回選出の弁護士がどういう経歴をお持ちかは自ずとわかるでしょうが)には、数のパワーという魅力は捨てがたいでしょう。
一人の弁護士が支払う弁護士会費(単位会、連合会会費を含む)は最低でも年間約50万円、3万人いれば、ざっと150億円。毎年すごい予算が動きます。増員は、予算激増の強力確実な手段です。

 こういうところは、開業医が中核を占める日本医師会とは、性格を異にします。 

 さて、私は、「弁護士は増員すべき」というこのような新聞の意見は真摯に受け止めるべきだと思います。
 しかし、この筆者は、以下のとおり6つ根拠をあげますが、これは理由として適切ではありません。これについて、実際を細かく検討していきたいと思います。

増員理由1 230ある地方裁判所、支部の管轄地域で、弁護士事務所が3以下のところが、90カ所近くある。

 確かに、こういう統計データが出ています。
 しかし、近年市町村の統合合併などで、ずいぶん市町村数は減りましたが、裁判所の支部はほとんど減っていません。
 最近は、過疎が進行し、高齢者が大半を占め、集落の消滅が危惧される、限界集落の問題が話題に上がっていますが、支部の多くは限界集落を抱えています。地方の人口全体も確実に減少傾向にあり、人口が減ると言うことは、人と人とのトラブルも減り、調整弁としての弁護士のニーズも減るのです。
 また、今でこそ、都市部では弁護士がトラブルの調整弁としての役割を期待されるようになりましたが、地方の支部で、どの程度、弁護士が介入すべきトラブルがあるのでしょうか。
私の経験によれば、支部の方が「町・村のことは村・町で解決」「よそ者(その町村出身ではない弁護士)は口を出すな」パターンが多いと感じましたが、そんなに、よそ者に頼るニーズが出ているのでしょうか。
 この統計は、よそ者(弁護士)に調整弁を期待しない地方の特殊性を反映しているものではありません。また、限界集落、過疎を多く抱え、ニーズが減ることはあっても増えることはない支部の特殊性を殊更、無視しています。
  
増員理由その2 法テラスの弁護士の人数が足りない

増員理由その3 法律扶助事業をするのは全弁護士の4割未満

 そもそも扶助事業は、法テラス専属ではない一般の弁護士もやっています。
 私は、法律扶助の事件もやっていますが、事件件数が極端に多い東京でも、法律扶助の事件のなり手がいないということは実際にはありません。
 法律扶助は、一部国費による事業で、「勝訴の見込み」が扶助の条件のため、希望者全員が受けられるわけではありませんが、これは、かの国以上に訴訟社会にしないためには(かの国でも、あらゆる訴えに扶助が受けられるわけではなかったはずです。)、勝ち負けにかかわらず訴訟が乱立する状況になることを阻止するために、必要なことです。
 また、新人の法テラスの人数が少ないのは、設立間もないので養成体制がないこと、養成後のバックアップ体制がないことも影響しています。法テラスは、国の機関でありながら、そこで働く弁護士は、公務員ではありませんし、出向している検事とは歴然とした待遇差があり、弁護士の公益活動たるはずの弁護士会の活動が有給休暇でやるなど、本末転倒な処遇がされています。
 弁護士の場合には、公益活動は既に義務化されている時代に、誰が考えたのか知りませんが、「仕事だけこなせ」では、いくら何でも、人は集まりません。
 ですから、この数字・評価には、法テラスの実態や応募が少ない理由が一切無視されていること、扶助事業のニーズを無視し、短絡的に全弁護士の4割未満しか扶助事業に携わっていないから、司法需要を満たしていないとする点で、誤りがあります。

増員理由その4 国選弁護を担当するのは、全体の半分強

増員理由その5 今後、刑事弁護の比重が増すから心配。

 現在東京では、国選弁護のなり手が多く、回数制限(一人の弁護士が受任できる数を制限しようとするもの)が議論に上がっています。仮に、国選弁護を担当したのが、全弁護士の半分強だった年があるとしても、国選事件がなければそもそも国選弁護事件を担当しようもないわけですから、「国選弁護を担当するのは、全体の半分強」という統計の数字は、何の意味もありません。
 「今後、刑事弁護の比重が増すからこれでは心配」に至っては、全く納得いきません。この社説の筆者は、裁判員制度の利用があった国選弁護であったとしても、受任するのは原則1名の弁護士で、国選報酬は、所要時間で割れば時給1万円いけばいい方で、さっきも書いたように国選弁護には受任制限があるので(だいたい多い人で年間10件程度。但し、地方は、それなりに多い。)、東京では国選で年間70万円くらい貰えれば多い方であることを理解しているのでしょうか。
 今回の裁判員制度の導入で、多額の国費が動きますが、裁判員制度は弁護士に特に予算を組んではいないようです。
 取り調べの可視化が期待できるなど、手続面での進歩がいわれているだけです。
 しかし、先に書いたように、国選弁護を受任する体制は実際にはありますので、裁判員制度が弁護士が原因で機能しないことはないと思われます。

6 単価の安い仕事をやりたがらないだけ。

 これは、実際には、ないですね。そもそも、国選弁護の単価は安いし、法律扶助も単価はかなり安いですが、受任弁護士は存在します。

 誤っている前提で、「弁護士は多すぎない」と論じられても、それは議論ではありません。新聞の記事なわけですから、きちんと調査の上、「弁護士は多すぎない」と論じて欲しいものです。


 今後、日本が国際的に国際社会にとけ込み、また、国内的にも多民族社会になるためには(いいかどうかは議論があるのでしょうが、人口減少時代には移民受け入れで対応するのが諸外国の例です。)、グローバルスタンダードの調整役としての弁護士が必要であるのは明らかです。
 
 今までの「おらが村のお偉いさん」がトラブルを解決したでは、国際的には誰も納得はしないでしょう。ただ、その適正人数については、このまま、激増が妥当なのか疑問です。


 ところで、アメリカ帰りの方などは、日本の、東京の弁護士の感覚では、弁護士同士の話し合いで解決なりするものも、いちいち裁判を起こします。いちいち裁判が起きても、弁護士が少なければ対応できませんから、やはりそういう世の中では、弁護士が多い方がいいに決まっています。

 映画「フィラデルフィア」ではないですが、日本も、アメリカ並みに、何でも裁判をする世の中になる日は、遠くない未来に確実に到来します。

 
 ちなみに、アメリカの弁護費用は、日本の倍以上のようです。弁護士の数が多い(アメリカは弁護士人数×時間×料金で算出される時間制料金なので、無駄であっても多い人数が張り付いた方が多く料金を請求できる)からとも言われていますが。アメリカ並みになるのですから、仕方ないですね。




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