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時事問題 : もう一つのヒロシマ
投稿者 : admin 投稿日時: 2014-10-04 (855 ヒット)
今年の夏の自然災害の大きな事件として、広島の土砂崩れが挙げられます。犠牲になった方々のご冥福をお祈りしつつ、これを話題にしたいと思います。
 このニュースを聞いた時に気になったのは、犠牲者に思ったより若い世代が多いことでした。市街地からやや離れた山のふもとであれば、昔ながらの少々さびれた土地を想像しますが、どうも新興住宅地だったようです。

 人の移動は村から町へ、町から中規模の町へ、中規模の町から都市へと移動があるため、そこそこの規模の街であれば、どこでも、新興住宅地はあります。

 住宅造成の際に、都市計画法による開発許可の必要がないミニ開発をすれば、なし崩し的な開発となるため、災害対策が甘くなる危険性があります。今回はそれだけではなく、土砂の流出量が多く、しっかりした住宅も完全に押し流していますから、砂防ダムを設置すべきであったという話になっています。
 
 しかし、私は、砂防ダムの設置以前の問題として、そもそも開発がある程度進んだ広島の規模の都市で、また極端な人口拡大が望めない状況で、山を切り崩し、新たな土地造成をする必要性に疑問を感じます。
 この場合の根本的な解決策は、広島の市街地の再開発ではないかと思います。
 広島市内は、市電が囲むように走る中心街は、若干シャッター街が見受けられるとともに、夜間人口がやや少なく、空洞化が進みつつあるのかなと感じます。少子高齢化の中では、職住接近、また車を使わなくても日常生活が送れる環境は、必ず必要となってきますので、今回の一番の有効な対策は、これが可能な、住宅地確保を目的とする市街地再開発です。再開発により住宅地を創出すると、新興住宅地と同様、地域のしがらみが薄いコミュニティーができるわけですから、移住しやすい環境もでき、人口を呼び込めるのではないでしょうか。
 今回の災害をきっかけに、是非中心部の都市計画の見直しをして、商業、工業、農業、漁業のバランスの取れた、活気ある都市にして欲しいと思います。

2014.10.11補足
行政による都市計画のかじ取りは、市街化調整区域の指定による開発抑制と市街地等の指定による開発促進が一般的です。
線引きは行政政策に基づきますが、東京近郊の県で、民家やマンションの中に畑が点在する地区でもなぜか市街化調整区域になったりするのは、さすがにどうかと思います。



 地方都市の街並みとしては、北海道伊達市、富山市、福井市などが評価が高いようですが(コンパクトシティとしての、未来型都市の理想形としての意味です。)、残念ながら、どこも今まで行く機会がなく、訪れたことがありません。どこも一度は行ってみたい街です。
 地方自治体の最近の話題といえば、ふるさと納税でしょうが、地元産業振興に直結する名産品の贈呈は、納税も増え、また地域振興も図れるわけですから一石二鳥の施策と評価できます。

 さて、本題です。
 広島の街中を歩くと至るところに原爆関連の観光の案内板がありますが、その中に、原爆投下直後、広島の人々のどの組織がどこで救護活動等をしたのかを表示する案内板があります。その案内板には(探せばいろいろなところにあります。)、原爆投下直後、市内から市街に避難する多数の市民がいたこと、それとは反対に、逆に市外から市内に入り、あるいは市内の中に残った多数の人々が組織的に被災者のために救護活動等をしたことが表示されています(日本語だけのプレートです)。
 当たり前のことですが、原爆投下された広島市民は、ただ単に逃げ惑っていたわけではありません。ケガをしていない者が、ケガ人の手当をして対応したのです。
 どうも、ヒロシマと言えば、「はだしのゲン」「ふたりのイーダ」「千羽鶴の願い」「黒い雨」など、子ども、学生などの立場からの本しか読まず、原爆と言えば、逃げ惑っていた人々しかいなかった印象を持ってしまっており、このプレートは大変新鮮でした。アメリカ軍のカラーフィルムばかりに目が行くから、更にそういう誤解をしていたのかも知れません。
 
 広島市は、町が広く徒歩での移動が大変な街ですが、市電を降り、街歩きをすると、博物館ではわからないヒロシマを感じられます。(ちなみに子連れの観光であれば、広島子ども文化科学館と広島まんが図書館も外せません。楽しみながら過ごしてくれるので、ありがたい施設です)

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