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時事問題 : 心の風景と将来の風景
職業柄、いろいろな人から、心に残るエピソードを聞くことがあります。
私にとって、心の中の山の風景は、丹沢の山々の後ろにそびえる富士山であり、その先に見える秩父多摩、孤高の筑波山(周りに山がないため)と言ったところです(吹きさらしの、当時見晴らし抜群のマンションに住んでいた)。
面会のたびに出身地の風景を話してくださった、ある高齢者の心の中にある山は、赤城と榛名で、季節の移り変わりは、山の彩りとともに感じ、心の中にある生まれ育った町は、東京都下のベットタウンとは比べものにならないほど大きく、映画館もある賑やかな町で、シーズンには山登りをされたそうです。
もちろん、何十年もたった今では、その町に映画館はなくなり、近くの裁判所支部に行っても、公園には子どもの姿も全くない状況なのですが、心の風景は、色褪せることなく、色鮮やかに伝わってきました。
そのデフォルメされた風景は、絵画で言えば、例えば鳥瞰図のように、的確に心に残る風景を強い視点で描き、人を捉えて離さない。
結局のところ、言葉とは、人の想像力をかき立てる最適な表現手段の一つです。
パリオリンピックで舞台となったパリのルーブル美術館のニケは、私が最も気に入った彫刻の一つで、オリンピックのプレ映像でも紹介されていました(個人的意見としては、バチカンのミケランジェロのピエタ、東京国立博物館の高村光雲の老猿と並ぶ彫刻です)。パリっ子はそうでないかも知れませんが、観光客は、ニケの部屋の一階入り口からは入りません。ちょうど端にあるので、2階からニケの翼を眺めながら階段を降りていきます。後ろから見ると翼はいくつか補強されてつなげられていますが、それがあっても、かなり大きな1つの石(岩)を削って作られているのに、翼の一枚一枚の羽のディテールの細かさ、また、今にも羽ばたこうとしている一瞬の躍動感を捉えた表現は、あれだけの大きな作品であるにも関わらず、他を圧倒するものがあり、大変感動しました。
正面から見ても、かなりスケールの大きな作品で圧倒されるものがありますが、個人的には、後ろの細部と今にも羽ばたく感じがわかるので、横から眺めるのが最適かと思います。
躍動感をうまく表現した作品として、似たようなものでは、絵画ではドガ、陶器ではリヤドロ(スペイン)などがありますが、日本では、あの一瞬の、ふわっとした躍動感を切り取った作品は、あまりないかと思います(なぜでしょうか)。
さて、心の風景とは、今は存在しない風景であり、いずれ埋もれていくものなのかも知れませんが、それは将来につなげるヒントでもあります。
つい最近、日本の一人当たりのGDPが、韓国に抜かされたとの報道がありましたが、働き方改革で労働時間に規制がかかり(もともと働かなかった人は関係ないですが)、生産性が下がったわけですから、下がって当然だと思います。
目指すべき働き方改革とは、本来、周囲がメンタルに気を配りながら(労働時間が一定時間を数ヶ月にわたって超えた場合には、必ず定期的に産業医のメンタルチェックを受ける等)、働きやすい環境を整えることだと思います。
仕事でも何でも、ある程度時間をかけなければ生み出せない何かがあり、それは特に若い時にどの程度の時間を掛けたかどうかにより、その後の人生が変わってくるのは事実なので、働き方改革の名の下に、希望することが制限されるのも、残念に思います。
私の個人的意見としては、心底嫌になって、全くやる気が起きなくなるなどの前兆を、的確に見つけられるようにメンタルチェックを適宜していけば、生じる過労働の弊害は大幅に減るのではないかと思います。
同様に、地方の過疎問題は、仕事がないことが一因なのですから、住宅地の集約化(人が増えることにより、コミュニティ内での仕事の需要が発生する)、農業団地化(特定の地域を指定して当該地区全域を農業専用地域にして、管理の一体化、一元化を図る)、また働き方に柔軟性を持たせるようにして、公務員と兼業できるようにし、収入の安定化を図り、人の定着と、産業の安定化を行うことなのでしょう。
具体的には、里山あるいはその周囲などを農業団地化して、出入口を限定化してゲートを設けるなどして、農業団地に指定した地区の出入り口での、セキュリティーを高め、なかなか防げない農作物の一体的な防犯対策を行うべき時期に来ているようです。
また、人の住む地域、農業専用地区を指定することで、山林、森林との棲み分けをして、山との共生を図るという感じでしょうか。
人の定着が望める、集約化された農業、漁業、林業の確立は、緑が復活した現在だからこそ、実現できるものであり、それは現金収入が得られるからと、山林を伐採したりや田畑を潰して太陽光パネルにしては、到底得られない人の営みを作り出します。
経産省も資源エネルギー庁も長い目で見て、太陽光パネル(年々性能が上がっています)は、田畑山林などを潰すのではなく、家屋設置を推奨するなどの工夫も、考えていただきたいです。実際、コスト面でそれが可能な状況になりつつあります。
少子高齢化が言われていますが、それでも団塊ジュニアが現役世代の今でしかできないこと、人が多くないとできないことが、数多くあります。
おそらく、それは、少子化に完全に移行する前の今、農林水産業の地区を集約化し、かつ採算が取れる形で、安定化するように社会や地域を作り替えることではないかと思います
(2025.2.1 補足 小規模営農を否定するものではありませんし、小規模営農だからこそできるものもあります。しかし、農業全体でみると、採算が取れない産業は若者を引きつける魅力に乏しく、結果として産業全体が先細るわけで、農業を産業として位置づけられるスキームの模索とその確立は必須です)。
今年は、新しい記事を書く余裕がなく、これもとりとめない記事になりました。
やはり年に一回程度は、芸術関連の記事を書きたいところです。
皆様が、よい年を迎えられますように祈念します。
私にとって、心の中の山の風景は、丹沢の山々の後ろにそびえる富士山であり、その先に見える秩父多摩、孤高の筑波山(周りに山がないため)と言ったところです(吹きさらしの、当時見晴らし抜群のマンションに住んでいた)。
面会のたびに出身地の風景を話してくださった、ある高齢者の心の中にある山は、赤城と榛名で、季節の移り変わりは、山の彩りとともに感じ、心の中にある生まれ育った町は、東京都下のベットタウンとは比べものにならないほど大きく、映画館もある賑やかな町で、シーズンには山登りをされたそうです。
もちろん、何十年もたった今では、その町に映画館はなくなり、近くの裁判所支部に行っても、公園には子どもの姿も全くない状況なのですが、心の風景は、色褪せることなく、色鮮やかに伝わってきました。
そのデフォルメされた風景は、絵画で言えば、例えば鳥瞰図のように、的確に心に残る風景を強い視点で描き、人を捉えて離さない。
結局のところ、言葉とは、人の想像力をかき立てる最適な表現手段の一つです。
パリオリンピックで舞台となったパリのルーブル美術館のニケは、私が最も気に入った彫刻の一つで、オリンピックのプレ映像でも紹介されていました(個人的意見としては、バチカンのミケランジェロのピエタ、東京国立博物館の高村光雲の老猿と並ぶ彫刻です)。パリっ子はそうでないかも知れませんが、観光客は、ニケの部屋の一階入り口からは入りません。ちょうど端にあるので、2階からニケの翼を眺めながら階段を降りていきます。後ろから見ると翼はいくつか補強されてつなげられていますが、それがあっても、かなり大きな1つの石(岩)を削って作られているのに、翼の一枚一枚の羽のディテールの細かさ、また、今にも羽ばたこうとしている一瞬の躍動感を捉えた表現は、あれだけの大きな作品であるにも関わらず、他を圧倒するものがあり、大変感動しました。
正面から見ても、かなりスケールの大きな作品で圧倒されるものがありますが、個人的には、後ろの細部と今にも羽ばたく感じがわかるので、横から眺めるのが最適かと思います。
躍動感をうまく表現した作品として、似たようなものでは、絵画ではドガ、陶器ではリヤドロ(スペイン)などがありますが、日本では、あの一瞬の、ふわっとした躍動感を切り取った作品は、あまりないかと思います(なぜでしょうか)。
さて、心の風景とは、今は存在しない風景であり、いずれ埋もれていくものなのかも知れませんが、それは将来につなげるヒントでもあります。
つい最近、日本の一人当たりのGDPが、韓国に抜かされたとの報道がありましたが、働き方改革で労働時間に規制がかかり(もともと働かなかった人は関係ないですが)、生産性が下がったわけですから、下がって当然だと思います。
目指すべき働き方改革とは、本来、周囲がメンタルに気を配りながら(労働時間が一定時間を数ヶ月にわたって超えた場合には、必ず定期的に産業医のメンタルチェックを受ける等)、働きやすい環境を整えることだと思います。
仕事でも何でも、ある程度時間をかけなければ生み出せない何かがあり、それは特に若い時にどの程度の時間を掛けたかどうかにより、その後の人生が変わってくるのは事実なので、働き方改革の名の下に、希望することが制限されるのも、残念に思います。
私の個人的意見としては、心底嫌になって、全くやる気が起きなくなるなどの前兆を、的確に見つけられるようにメンタルチェックを適宜していけば、生じる過労働の弊害は大幅に減るのではないかと思います。
同様に、地方の過疎問題は、仕事がないことが一因なのですから、住宅地の集約化(人が増えることにより、コミュニティ内での仕事の需要が発生する)、農業団地化(特定の地域を指定して当該地区全域を農業専用地域にして、管理の一体化、一元化を図る)、また働き方に柔軟性を持たせるようにして、公務員と兼業できるようにし、収入の安定化を図り、人の定着と、産業の安定化を行うことなのでしょう。
具体的には、里山あるいはその周囲などを農業団地化して、出入口を限定化してゲートを設けるなどして、農業団地に指定した地区の出入り口での、セキュリティーを高め、なかなか防げない農作物の一体的な防犯対策を行うべき時期に来ているようです。
また、人の住む地域、農業専用地区を指定することで、山林、森林との棲み分けをして、山との共生を図るという感じでしょうか。
人の定着が望める、集約化された農業、漁業、林業の確立は、緑が復活した現在だからこそ、実現できるものであり、それは現金収入が得られるからと、山林を伐採したりや田畑を潰して太陽光パネルにしては、到底得られない人の営みを作り出します。
経産省も資源エネルギー庁も長い目で見て、太陽光パネル(年々性能が上がっています)は、田畑山林などを潰すのではなく、家屋設置を推奨するなどの工夫も、考えていただきたいです。実際、コスト面でそれが可能な状況になりつつあります。
少子高齢化が言われていますが、それでも団塊ジュニアが現役世代の今でしかできないこと、人が多くないとできないことが、数多くあります。
おそらく、それは、少子化に完全に移行する前の今、農林水産業の地区を集約化し、かつ採算が取れる形で、安定化するように社会や地域を作り替えることではないかと思います
(2025.2.1 補足 小規模営農を否定するものではありませんし、小規模営農だからこそできるものもあります。しかし、農業全体でみると、採算が取れない産業は若者を引きつける魅力に乏しく、結果として産業全体が先細るわけで、農業を産業として位置づけられるスキームの模索とその確立は必須です)。
今年は、新しい記事を書く余裕がなく、これもとりとめない記事になりました。
やはり年に一回程度は、芸術関連の記事を書きたいところです。
皆様が、よい年を迎えられますように祈念します。
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