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投稿者 : admin 投稿日時: 2005-07-27 (2539 ヒット)
私は、弁護士になって今年でちょうど10年目に当たります。

この業界、10年目くらいが中堅、20年目くらいがベテラン、30年目くらいが超ベテラン、
40年目を過ぎるとそろそろ老害と煙たがれるようになります。

弁護士は、医者と同じで一生資格を保持できます。ただ、弁護士であっても、
他人様の仕事をする以上、能力が衰えた段階で、あるいはそうなる前に、引退するべきなのでしょう。

私は、65歳くらいで事実上一線から退き、あとはlifework程度に弁護士業ができればと思っています。あと29年の寿命と考えれば、弁護士人生はかくも短いものかなと思ったりします。

毎日が本当にあわただしく過ぎていく毎日で、この9年というもの、手帳による分刻みのスケジュール管理は変わることがありませんでした。
これからも、時間の合間に、文献検索と、最新判例のチェック、新法の勉強をし、なおかつプライベートでは子育てをしてという、仕事と育児しかない生活が数年続くのだと思います。
大変だ、やれないと思えば、何事も成せない状況の中で、ここまでやってこれたのは、自分の努力とそれにも増して周囲の支えと理解だと痛感します。

ひとつひとつの仕事をきちんとこなすのが、弁護士の基本です。
すべてにおいてそうありたいと、心がけています。

投稿者 : admin 投稿日時: 2005-07-25 (772 ヒット)
医療ミスを巡るトラブルというと、大げさに聞こえるかも知れないが、実は、これは身近に起こりうる問題です。

なぜなら、昨今のご時世、病院に全くお世話にならずに、亡くなってしまう人は稀で、少なくとも、死亡との関係では、必ず病院の対応がどうであったのかということがついて回るからです。
遺族は、「なぜ、助けられなかったのか」と嘆き、「ちゃんと病院にかかっていたのに。」、
「いい先生と紹介してもらったのに、なぜこのような結果になってしまったか」
と思い悩み、病院の対応が悪かったのでは、病院のミスではないのかと考えていくのです。

医者は、すべての病気に対してオールマイティーではありません。それは、患者側も十分わかっている。
しかし、患者と医師とでは、診療に対する認識あまりに違うのに、かなり驚かされます。

患者は、自分の健康のことは医師にまかせた気になっているが、医師は、かかりつけ医であっても、

「患者さんが訴えたことしか診ない。」
「患者さんがいわなきゃ気づかないのは仕方ない」
「レントゲンを撮っても、わからなかったし、病気に気づかなかったのは仕方ない」
「夏休みをとって長期休暇した間に、患者が別の医者にかかったのであれば、あとはその医者と患者さんの問題」
(自分が休暇を取ったことが招いた結果とは認めない。)

などと、平気で言ってます。
これが一般開業医の、平均的な回答だと言わんばかりのコメントを加えて。
こういったコメントに接すると、度を超した自己防衛見え見えの対応に情けなさを感じます。

こういう医療紛争に関与すると、かかりつけ医という制度のばかばかしさを痛感し、つくづく、病気になりたくない。
医者にかかるのは、死ぬときだけでいい。ターミナルケアだけで十分と痛感します。

投稿者 : admin 投稿日時: 2005-05-03 (943 ヒット)
ようやく裁判員制度が動き始めました。
裁判員制度に似た先例としては、アメリカの陪審員制度があります。

アメリカ並みに陪審制度が確立するのでしょうか。
ちなみに、日本でも戦前の一時期陪審員制度が導入されたことがあるのですが、評判が悪く、制度が根付く間もなく、廃止された実績はあります。

陪審員制度は、他宗教、多民族国家など、価値観が異なる国民が混在する場合には、望ましい裁判制度だと考えますが、どうなるのでしょうか、実際は。
裁判員が付くのは重大犯罪に限るそうですが、早いうちに体験し、ここで報告したいと思います。

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