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時事問題 : 芸術の秋
投稿者 : admin 投稿日時: 2018-10-08 (56 ヒット)
今年は、天災が続きました。1000年前の我が国の中世平安時代であれば、祟りと怖れられ、日本各地で不遇の最期を遂げた高名な人物を祀るラッシュが到来したのかも知れませんが(菅原道真公などはその典型です)、今は、気象現象とドライに捉え、一層の分析と予測が求められますが、昭和世代ゆえ、機械の分析だけでは説明のつかないことも多いのではと考えたり、考えなかったり。結論的として天災が鎮まってくれればそれでいいと思うのは、人の性ですね。

 今夏は東京国立博物館で、縄文展をやっていました(全国巡回あり)。私の育ったところは、縄文時代に海岸線があった下総台地の端にあったので、貝塚が学区内にあり、そこに行って地面を探せば、縄目の破片が見つかる程度に、縄文遺跡が身近にあり、近くの市立博物館には立派な縄文・弥生土器(弥生土器もあった記憶があります。方墳も手賀沼の付近にある)が小学生の頃は歴史学者になりたいと思ったことを懐かしく思い出しました。
長じるにつれ、手作りの縄文土器とは違う、一般仕様に量産される弥生土器の価値を知り、遺跡調査とは支配層の墓堀りに過ぎず、庶民の痕跡は結局、ゴミ捨て場(貝塚もどちらかと言えば、こちらです)か文献の中にしか存在しないと理解し、文献調査に興味を覚えたのは、高校生になった頃でしょうか。
 その後大学は法学部に入り、司法試験をめざし、いろいろ悩みつつ弁護士になり今に至っています。
 「人間、中身で勝負するもの」と本気で信じていたのは、全く、若さの至りです。それがよかったのか悪かったのか。

 縄文展に行ったついでに常設展を見て、久しぶりに高村光雲の「老猿」を見ました。
 同じく東京国立博物館所蔵で高村光太郎の「手」もいいですが、日本の彫刻で個人的に一番気に入っているのが、老猿です。木の特徴を十二分に生かした彫刻で、小柄のニホンザルの挑戦的な輝きのある顔つきがいいです。10代の終わりから20代の頃は、常設展の入り口付近にいつも置いてあったのでよく見に行き、元気を貰いました。
私にとっては、高村光雲の老猿は、ルーブル美術館のニケと、ミケランジェロのピエタと並び、お気に入りの彫刻です。

 アルバイトではない給料を貰うようになったのは司法修習生になった25歳からなので、社会人となったのは遅かったのですが、反面、この年まで仕事を続けられているですから、結果オーライということでしょうか。ともあれ、無理がきかない年齢になり、情熱とやる気しかなかった、若い頃が懐かしくなります。
 我が身を思えば、若さゆえ、希望をもってやる気に満ち、無理してでも何でもこなしたわけですが、我が身を離れると、子どもは早く自立して自分一人でなんとか働いて生活できるようになってもらう必要はありますが、それが満たせれば、最低限は満たせたかなと考えます。
 もっとも、この「独り立ちして自活できる」というのは、その期間を長く設定すればするほど、簡単なものではありません。
 
 若者に助言するにも、なかなか、悩みは尽きません。

 老猿を眺めながら、若い頃を思い出しつつ、老いて尚輝く感じを、別の角度から眺めるようになりました。

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