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投稿者 : admin 投稿日時: 2018-04-30 (347 ヒット)
 朝鮮半島南北国家の首脳会談はようやく実現というところでしょうか。
 政治のことはさておき、これで北朝鮮の経済が改善すれば、喜ばしいことです。
 韓国は、本音を言えば、日本より遙かに男尊女卑の国ですから、女性の前国家元首に収賄で懲役24年にしてあからさまな保守勢力への嫌がらせをし、せっかく東アジア初の女性国家元首が誕生した国の誇りをどこかに消してしまい、またムン氏の革新系のライバルはハニートラップで蹴落とされ、現在独走状態にあるムン氏のやりたい放題は、一体どこにいくのか、という感じですが、後で、手痛いしっぺ返しが来るとは考えないのでしょうね。
 韓国は前政権の合意を破り、売春であるはずの従軍慰安婦の、「従軍」だけが一人歩きして、従軍慰安婦の銅像を世界に増殖させるのを止めようとしません。竹島に至っては、へ理屈が通らないとわかったからか、所詮デザートではありますが、やたら意味のない国際的アピールを強めていますし。
 
 しかし、だからと言って、北朝鮮の国民に罪はありません。国軍の兵士の回虫の罹患率の高さや、ワカサギ釣りよろしく厚く張った川の氷を一部割ってまで川で洗濯する北朝鮮の国民の写真を見ると、「おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に行った」という昔話の一節や、NHKドラマ「おしん」の幼少期を想像させ(衛生面から衣類の洗濯は推奨されますが、川で洗濯したのは日本ではせいぜい昭和初期までです。)、2018年の東アジアにあってこれでいいのかと、また、川で洗濯するそういう親子の顔つきが何気に目が大きかったりするので、より同情を引き(日本人はどちらかと言えば朝鮮人より目が大きい人が多い)、この国は何やっているのかと考えてしまいます。
 東アジアにおける、民主化が進まない現状の中国の影響力拡大を歓迎するものではなく、勢力均衡が望ましい中で朝鮮半島の勢力図が変化することを臨むわけではありませんが、それでも、これで北朝鮮の来年の餓死者が少しは減るのであれば(川で洗濯をする水道の復旧状況からすれば、社会インフラは日本の昭和初期程度で、今の北朝鮮の経済状態、衛生状態からすれば毎年一定程度の死者が出ることは当然に想定されます)、平和的に関係が改善されることを期待します。
 
 今年は、年齢的には知命を迎えるので、般若心経の写経でもやろうかなと考えているところです。
 般若心経は、いろいろ解釈がありますが、私個人としては、あまり深く考えず、漢文の言葉通り、文字の通りに読んで解釈をするのが一番しっくりきます。センスがある人が漢文の意味を捉えて書いたのではないかと思うのですが。
この解釈に出てくる、何事も完全は実現できず、多少のぶれがあってこそ、理想的な完全が実現できるということは、このアジアの情勢にしっくりくると思います。
 結局のところ、自己顕示欲がやや強く緊張感が緩い国にはあまり期待せず、むしろ、緩いという前提で臨機応変に対応しながら、周辺に緊張感を保ちつつ、うまく渡っていくしかないのでしょう。

投稿者 : admin 投稿日時: 2018-04-21 (358 ヒット)
電車の中吊り広告に、日本はアンダークラス900万人という記事が載り、一億総中流と、少なくとも表面上ではそのように言われた時代が終わり、また 都心のコンビニ、介護施設、飲食店などあらゆるところに、外国人従業員があふれ、人々は高齢者が増える世の中になりました。
 世の中が下流化して来たとの実感は、例えば、刑事事件をやるときには、無銭飲食(食い逃げ)、万引きで刑務所を行ったり来たりする人の前科の数の多さを見た時しょうか。小説やテレビドラマでも、前科が複数つくと、また10を超えると、それだけ聞くだけで凶悪犯のように思われるがちですが、極端に前科が多い場合には、むしろわずか数百円の「食い逃げ」「万引き」をして逮捕を繰り返している人が多いのが現実です。
 とにもかくにも、何らかの形で、貧困か、病気により、少子化のため(本来であれば、兄弟、親族がフォローしていたものが、数代にわたる少子化の影響で、親戚が激減しフォローする者がいない)、またムラ社会の消滅により地域で面倒を見ることがなくなり、当事者が社会で孤立し、なんとか自立しようにもできず、最悪犯罪に走るという悪循環は、結構見られます。
 一旦、そういうことに手を染めると後は同じで、更に孤立を深め、何回か警察にやっかいになることを繰り返し、刑務所を出たり入ったりになるパターンとなります。
 初犯の万引きの担当になると、金額がわずか千円でも万引きを軽々に考えてはならないと、身近にあるこわい話として軽犯罪を何回も繰り返す怖さを切々と語ることにしています。

 表題は、ああ無情、あるいはレミゼラブルの主人公Jean Valjeanが歌う題名から取りました。
 ご存じの方も多いと思いますが、Jean Valjeanは、パンを1本盗んだだけで、刑務所送りとなり、自分は監獄の中で番号で呼ばれ、人扱いをされなかった(これは、一応理由があり番号で呼び合うことで、社会に戻った時に、刑務所内の関係を引きずらないためなどと、日本では言われます)、ちゃんとした名前のある人なんだと高らかに歌うわけです。
 翻って、弁護士として感じる違和感は、ここにあります。
 日本でも、1万円の万引きでも、状況によっては、数年刑務所に入ります。具体的には、窃盗の累犯加重があると2倍の法定刑に、前科が3犯ある常習累犯窃盗となると実刑3年以上が法定刑です。
 つまり、1万円の万引きを一定期間に3回続けて検挙されたら、刑務所行き3年が現実になるのです。「1万円の窃盗で、刑務所3年。しかも再犯率が高い」という現実は、社会に以下の課題を突きつけていると思います。

まずは、
1 普通に働けば普通の生活ができる給与が得られる社会の実現 
 ・・・これは共働きという前提でももちろんいいわけですが、社会として成立するための必須条件と思います

2 何らかの理由で普通に生活できず貧困に陥った場合の、更生システム
・・・新卒でなく中途であっても、新たに適性のある職業を見つけ、就業に向けた職業訓練の機会の提供を拡大させるのも一案だと思います。
・・・最初の万引き、食い逃げは貧困初期に多いように感じます。現実問題として、小売業は、アマゾンなど物販通販取扱い量の急拡大により、売上げが圧迫されていると言われます。今までは、それでも小売店の売上げでカバーできていたものが、少子化による購入者の減少と消費者の買い物行動の変化により、売上げが減少し、万引きを見逃せなくなった現実を、きちんと理解してもらうことが必要なのだと思います。該当対象者に対し事前抑止力としての社会構造の周知も必要なのでしょう。
 また、その一歩手前の対策としての、何らかの理由で生活するに足る給与が得られなくなった場合の、一時的なセイフティネットの構築も必要なのだと思います。弁護士の場合には所得補償保険なるものもあります。具体的には、失業保険の対象者拡大と、一時的な生活保護の実現が現実的実践的な施策なのかも知れません。

3 刑務所は、数百円、数千円の被害犯罪のための施設ではないという意味で、万引き、食い逃げの更生プログラムの実施 
  レミゼラブルではないですが、万引き前科者だろうと市長になれる才能能力があるかも知れません。1回の転落でその後の人生、ずっと、人並みの生活が送れず、結果同じように再犯するというのは、本人の資質だけでなく、社会が復活制度を認めていないからだということになります。前科がつくことの社会的インパクトを無視できないので、前科とは別扱いで更生させるプログラムを推奨したいところです。
 もちろん、集団万引き等、窃盗団に近い組織犯罪は別です。

 戦後導入されたアメリカのchapter12(破産免責制度)は賛否両論ありましたが今では当たり前の制度になっています。少子化、高齢化、国際化は、有限の人材を適材適所で活用しなければならない社会への変革を必要としています。
  
 余談ですが、昨年久しぶりにチケット代金を支払ってコンサートに行きました。
久しぶりに行くと、ホールの響き・音響のことが気になったり(高校生のころ、近くの市民ホールを使用した際にその装置の使用の有無による音の響きについて、えらく感動していた同級生がいてそこまで感動するものかと疑問に思っていたのですが、この年になり音響設計の価値が少しわかった気がします)、楽器も声楽もソリストが自分の音の響きが最高点になるように演奏するので、とかく乱れがちな合奏を、地味につなぎ合わせている人の努力に感心したり、別の楽しみ方ができるようになりました。
 海外と日本ではクラッシックの考え方は、共通なのですが、合唱については、完全に異なると個人的には考えています。合唱は、欧米では聖歌隊を起源の場合には静謐な演奏をする合唱が主流のようで、これは演奏場所として教会などを想定することも理由かも知れません。
つまり、教会などでは賛美歌に合わせ、音の響きを設計するので、大音量だったりテンポが速かったりすると、反響音が邪魔をして雑然とした音の集合体となってしまいます。そのため、日本のように、叙情あふれたダイナミックな演奏を想定した合唱曲が少ないのではないかと考えます。
 都内近郊の演奏会場に行くとあまり気にならないのですが(これについては、バブル時代の建築の音響設計の質の高さを感じます)、演奏用に作られた会場ではないところで、演奏する場合には、指揮者はまず音の反響を考えてテンポ、音量を決めて指揮棒をふると、ある機会に指揮者の先生が話されたのを聞き、なるほどと感心しました。
 欧米の合唱曲で、例外的にダイナミックに歌い上げるのは、第9とハレルヤだと思っていますが、先日久しぶり合唱を聴き、なつかしく思い出しました。

投稿者 : admin 投稿日時: 2017-10-20 (398 ヒット)
 アポロ計画の後、途絶えている月計画は、月の着陸はできても、月への定住は夢のまた夢という感じになっています。
 
 さて、JAXAが、月の地下に大きな空洞を発見したとのニュースがありました。
 地球より薄い大気しかなく、その分放射線(宇宙線)が多く降り注ぐ、月地表にあって、ヒトが存在するには、その照射量を減らすことは、いろんな意味で必要です。
 被曝量の低減の有効手段は、厚い遮蔽物で覆うことですが、アスファルトやコンクリートなど、遮蔽物の密粒度が高ければ、放射線を通しにくくなることは、東日本大震災の経験で分かっていますが、まとまった広さの地下空間は、その放射線を遮蔽するシェルターの役割が期待できるのはないかというわけです。
 だから、月基地に適切ではないかと。
 
 萩尾望都の「スターレッド」のようだと考えたのは、私だけでしょうか。
 この話の舞台は火星で月ではありませんが、火星に移住したヒトが命をつなげたのは、火星表面に開いた巨大な穴があったためで、火星で生まれた3世代目か4世代目からは火星に適応したヒトに進化するというのが、物語のベースで、話の核心の一つとして地下空間の存在があり、生命はそこでしか誕生しないという前提の下、話が展開されます。
そこで提起される、宇宙では否応なしに浴びる放射線(宇宙線)の被曝量軽減の問題は、ヒトが宇宙に出て行くためには、切実な問題なわけで、生活空間すべてを鉛の容器で覆うわけにはいかない現状からすれば、有用な場所というわけだったのですが、実際に月で同じようなものが発見されたわけです。
 とすれば、この発見は、月移住のための足がかりになる大きな発見なのかも知れません。

 あと何十年で、月に進出できるのか、中秋の名月を思い浮かべつつ、未来に夢を託したいところです。

投稿者 : admin 投稿日時: 2017-10-05 (396 ヒット)
 高齢者問題は、弁護士の業務としても大きなウェイトを占めており、私も仕事柄、日常的に高齢者に面会しています。

 医学的に言われる認知症は、
脳血管性認知症、アルツハイマー型認知症等に分かれますが、腫瘍や閉塞・虚血などにより血液が行き渡らなくなった脳が萎縮する症状を言います。さらにそれを認知力として測るスケールとして長谷川式等があります。
 もっとも、記憶力、計算力、思考力は個人差があり、基礎点がもともと高い人も低い人もいるのに、長谷川式では一律基準で行うため、長谷川式は、基礎点が高い人(いわゆる高学歴と言われる人に多い)の認知症判断スケールとしては、相対評価はともかく絶対評価は、なじまないのではないかと考えています。
 
 さて、認知症の老人でも、対話はきちんと成立します。会話可能な状況判断力は残っている方は多いのです。医学書に書いてある、認知症になれば数年経つと寝たきりというのは、ある意味正しいが、普通の適切な言葉がけ、環境作り(色々な作業を与えて混乱させるのを避けつつ、本人の状態から可能な日常生活の動作は行わせ、認知力を維持する等)などのケアにより、もっと長生きする方が多いというのが実感です。なお、認知症の方の意欲低下は、ADLの低下により直結します。
 医学書の記載は、病院に入院するような生活環境の方特有の問題のような気がします。

 認知症の高齢者は、特に短期記憶を覚えていられず、記憶に基づいた会話は成立しません。つまり、さっき言ったことを覚えていないので、その時の状況を判断し会話ができても、会話の積み重ねができず、中身のある会話が成立しないのです。
 何度も何度も、同じ会話を繰り返すのは、その話を強調したいとの意思の表れの場合もあるでしょうが、本人の内心では、繰り返しの会話をした時点から、短期記憶のリフレイン(又は書き換え。本来そこでROMに落とし込むべき情報がそのまま消滅し、RAMにも残らない状態、いわば「上書き保存」ができずに終了させ、白紙の状態に戻って会話が始まる)が生じた結果の場合もあるのではないかと考えます。
 但し、昔の記憶は、きちんと残っていて、短期記憶をつなぎ合わせる会話は難しいですが、古い記憶に基づいた会話は成立します。記憶力が完全にないわけではありません。

 この現象について、文献も当たりましたが、納得のいく説明がされた文献に出会えなかったのですが、私なりに一番、納得がいくのは、コンピューターに例えて考えることです。
つまり、OSの中の、
CPUがもともと、本人の備わった先天的、後天的能力、
RAM(ウィンドウを開きすぎたり、使いすぎると、画面が固まってしまう)が、その場の認識力・状況判断力
ROM(使いすぎると、それ以上記憶できなくなる)が、いわゆる記憶力
画面サイズ、解析度が再現性、コミュニケーション能力
と考えると、
認知症というのは、RAMには致命的な問題はなく、遅いながらも処理が可能ながら、ROMがいっぱいになっているのでハードディスク(脳には外付けディスクがないので、ハードの容量がいっぱいになればそれ以上の記憶ができない)に記憶処理ができず、ROMとRAMが連動して本来成立しなければならない会話、対応ができない状態と考えれば、わかり易いのかなと。個人的には、認知症の説明は、コンピューターを使って説明するが、一番すっきりします。
 
 脳科学の理解では、人間の脳は全部が使われることがない、余力があるというのが通説なので、上記の説明は前提を欠くわけですが、コンピューターの場合もそうですが、定期的に必要な「最適化」作業はハードディスクの容量に余裕がなければできません。脳が全部動かないのは、深層心理領域の問題と「最適化」のための余力の関係ではなかろうかと、だから脳の萎縮による稼働領域の減少は認知症に直結するのではないかと、個人的には納得しています。

 さて、例えですが、何か別のことを考えていて、集中できず、試験や仕事でミスを連発するという現象は、OSそのものは正常に作動し、ROMの容量にも問題がなくRAMとの連携もある程度とれているが、画面上に、試験・仕事のウィンドウの他にいろいろなウィンドウを開きすぎて、RAMの容量がいっぱいになり、表面処理速度・精度が低下し、起きたと考えることもできます。
つまり、試験でも、仕事でも、適切かつ迅速に物事を進めるには、余計ことは頭の隅に追いやって、目の前にすべきことに集中するというのが必要だということです。

20171007
 よく、おばあさんが子どもに昔話を聞かせる等のことがありますが、これは、高齢者であっても、昔話であれば鮮明に覚えていることと裏腹な関係があるということになります。
 また、脳機能が低下して新しい記憶を覚えられなくなっても、対応力・状況判断力と確立された古い記憶が比較的最後まで残るということは、それが生物としてのヒトが生存するために一番必要な機能だったからではないかと考えると、生存競争の原理としての取捨選択の奥深さを感じます。

投稿者 : admin 投稿日時: 2017-08-19 (320 ヒット)
1 韓国のムン大統領が賠償合意をした当時知り得なかった損害であるから、個人請求権は消滅しないとのコメントを発表しました。
 日本の民法では、不法行為法においては、当時知り得なかった損害賠償請求については、行為時から時効が発生しないことになっているため、このムン氏の発言は、不法行為を念頭においての発言で、一見、言い分があるように見えます。

2 70年以上前の損害賠償請求ができるのか

 しかし、我が国の不法行為法では、知ったときから3年だけでなく、行為時から20年経てば時効にかかるため、損害賠償請求はできません。不法行為については、何年経っても損害賠償請求できるのであれば何年経っても法的安定性が図れないので、世界的にも不法行為も一定の時効にかかるとしている方が多いはずです。
 なお、韓国の裁判所に係属しているのは、どうも賃金請求のため、我が国では賃金債権は2年で時効になる関係上(なお2年で時効にかかりますが、労働債権に限り付加金という裁判上の制度を使えば請求額の2倍まで認容されます。また会社が倒産しても一定の条件はありますが、国による立替払制度があったりするので、我が国では、どちらかと言えば、一般債権より手厚く保護されているとも評価できます。)、全く問題にならないという結論になります。
 余談ですが、先日国会で成立した、改正民法(施行は3年後)では、債権の時効は、知った時から5年または権利行使可能になった時から10年と状況によっては短くなりますが、労働債権の時効に変更はありません。不法行為の時効も変更されません。

 では、ムン氏がいう戦時の特殊性を問題にできるのか
 過去に、日本が韓国に巨額の賠償金を支払いつつ、賠償金を個人に分配していないわけですから、韓国政府が、特別法を作り、韓国政府自ら、当該個人に賠償を行うことは、可能です。
 ムン氏が言うように、徴用労働に対して個人的請求権が消滅していないというのであれば、日本から巨額賠償金を獲得した韓国政府こそで、韓国の国内法を整備して韓国民に対して賠償する義務があるわけです、正確に言えば。
 そもそも、韓国は太平洋戦争の相手国ではなく、我が国と交戦した事実はありません。この賠償金は、植民地政策に対する賠償金であり、戦時法は、日本本土と同様、植民地においても適用され、戦時国内法の下、徴兵、勤労の義務が課されました。問題になっているのは、その法制に基づく労働の対価を請求できるのかということです。
 日本政府が、本土と同様に植民地においてもなした国策すべてに対して巨額賠償した以上、それ以上のことを望むというのは、国際公法の概念を大きく逸脱します。

 ムン氏は弁護士とのことです。しかし、国際私法と国際公法はその枠組みで重複しますが、その考え方は異なります。
 国際公法は、時に、国家という枠で国民の権利を守り、また国民の権利を代位する役割を担いますので、国民を代表・代理して国家間の取り決めを行うことができます。その意味で、国家間の合意は、当該国民の権利を制限することができます(その制限を受けた当該国民は自国政府に対して賠償を求めていく枠組みで、整合性が図られます)。
 にも関わらず、ここで私法の不法行為の理論を持ち出した時点で、おかしいということになります(賃金請求であることは一旦無視します)。

 ちなみに、戦中戦後のどさくさの出来事に対する個人請求権が未だに保護されるのであれば、朝鮮という植民地にある財産を放棄させられた日本の国民の方が剥奪された財産はよほど大きいわけですから、請求権は遙かに大きいはずです。
朝鮮半島の日本国民は、韓国政府の下、民事上の損害賠償請求を全面放棄された形になっているわけですから。

 一連の騒動は、日頃、国際公法に触れることのない、弁護士らしい発言とも言えますが、今一度、国際公法の観点から、賠償に関する一連の合意内容(条約)を、きちんと確認して欲しいところです。
 
 過去の経緯、国際公法から離れて、過去に国際公法上解決済みの問題を、韓国内の立法政策の問題として対応するならばともかく、国際公法と国際私法の問題を混同し、時効問題を無視した超法規的な賃金請求、損害賠償請求が正当かのように、私法の不法行為の理論を展開するというのは、弁護士としても、条約の相手方である国家元首としても、いかがなものかと個人的には思います。

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