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投稿者 : admin 投稿日時: 2012-09-16 (908 ヒット)
今回の尖閣諸島の国有化は、国内の、島を開発する動きを抑制し、ひとまず何もしないようにするための処置であり、韓国の竹島問題と異なり、我が国が挑発行為をしたものでもありません。
ただ、中国では、尖閣諸島の問題がクローズアップされるだけで、ただそれだけで、反日デモになる政治的脆弱性があり、今回もそれがでてきたというところでしょう。

ただし、尖閣諸島問題については、同じ大陸棚でガス田として一つのものである可能性のある大陸側での開発計画が進んでいる関係があり、資源エネルギーが関係するため、将来的に無視できる話ではありません。
ですから、尖閣諸島の問題は、いずれは対処しなければならない問題となるはずです。

今回は、現在発生している暴動鎮圧に向けた国際的対応をするだけでなく、そろそろ、尖閣諸島を問題「棚上げ」にして政治を動かすということが難しい時期になりつつあるわけですから、長期戦略の転換も含めて考えるべき時期になっているというべきでしょう。

つまり、この問題の落としどころ(国威高揚の示威的行動をエスカレートさせれば、最悪の事態を招くであろうことは、理性的に考えれば、誰でも十分理解できるはずです。)を、真剣に考える時期に来ているわけです。

尖閣諸島の問題には、海底資源の活用問題と中国漁船による出漁の問題があります。

まず海底資源開発の問題は、どういう理由をつけるのかは別として、この問題を解決するには、この海域全体の大陸棚資源の中国との共同開発プロジェクトの立ち上げと、双方の面目が立つ利益分配でしか解決できないのではないかと思います。
つまり、日本と中国が共同して、大陸側と尖閣諸島側両方で、共通するガス田の共同開発を行い、相応の利益分配をすることを前提に、開発に向けた協議をすることしかないと思います。
開発するだけの資本は、中国もありますが、大陸側の海域の開発する技術力、特に海洋汚染を発生させないように開発をする技術力は日本の方が圧倒的にあるはずです。近年中国国内でも、公害や海洋汚染に目を向け始め、開発すれば知らん顔では済まされないほど汚染に厳しくなっており、他国の開発技術が必要であることは否定できないわけで、その意味でも双方の共同開発は、双方の国に有意義なものだと考えます。

その上で、出漁の問題については、断固拒否をしなければならないのでしょう。
近年の尖閣諸島をめぐる小競り合いは、こちらの問題ですが、頭の痛いところです。
ここで拒否をしなければ、たぶん、毎年来るし、問題の先送りはできません。
南沙諸島の問題を見ると、中国食糧問題もからんでいるような感じも見受けられ、これを容認すれば、全くよろしくありません。
これでは、黄海で中国漁船の取り締まりに手を焼く韓国の状況に陥ってしまいます。死者を出さなければ取り締まれない常態は、断固として避ける必要があります。
その意味で、戦略的に、台湾に対しては、柔軟に対応するとの表明を早くから出したのが、よかったのか、わるかったのか。中国に、台湾と中国は別の国で、その扱いが違うことを理解させられるのか、今後は戦略的なうまいカードの切り方が求められます。

2012.9.17補足
ニュースでは1000隻の漁船が集団で尖閣諸島沖に向かってくるとのことです。
予想されたことではありますが、今回、海上保安庁の船で取り締まりが十分に対応できなければ、結果、魚釣島に施設建設が急がれることになるのでしょう。
日本の対応が後手に回っているとはいえ、ここの取り締まりを破られれば、領土問題が不透明となるわけで、日本としても、今年の出方で、漁船取り締まりのための施設建設は回避できません。
ここのところをわかっているのかどうか。日中の話し合いでの解決の糸口があれば、それに越したことはないのですが。

もっとも、中国政府高官の、日本製品の不買運動容認発言については、日本のメーカーの製品の海外生産、とりわけの中国工場への依存度は高く、日本のメーカーの撤去が、中国では結果的に自国製品(メード・イン・チャイナ)の不買運動になり、結果、中国の工場、の撤退になり、中国人失業者が更に増加し、社会的不満を抱くデモ隊要員が増えるという悪循環が生じるのではないかと考えたりします。反日デモは、散発的に、しかし地域的にはかなり盛り上がる中国政府に対するデモに繋がる深刻な問題も内在していますが、失業問題はこれとは別に存在します。こういうことは、あまり、考えないのですかね。
中国は、いまや世界第二位の経済大国で、多民族問題と、国内に深刻な貧富の格差問題を常に抱え、よく国が分裂しないものだとも思いますが、中原を統一する国家(但し、ウィグル、チベットは、もともと中原に含まれない。) が2000年の間、ほぼ絶え間なく存在してきた実績からすれば、このまま分裂せずにいくのでしょう。ただし、貧困層と裕福層という対立は当面の間解消されないし、潜在的、継続的な社会不安(いわゆるチャイナリスク)は残るということでしょうか。
 日本国内の事情としては、これを契機に、せめて国内消費する分程度は、日本の工場に戻ってこさせられないのかと希望したりもします。もう少し円安になれば、これが現実化するのでしょうか。

 反米デモといい、反日デモといい、携帯電話等の小型端末機によるインターネットの爆発的普及により、世界に情報が瞬時に駆け巡り、ちょっとしたことで、思いもかけない大きな事件に発展する時代になりました。まさに、全世界が情報の共通化をしているわけですが、それだけに、宗教、民族、歴史的事実含め、不用意な煽動に惑わされない、あるいは悪意による民衆煽動を封じ込められるほどの、相互理解と共通認識・理解の構築が必要です。ついでに用意周到な根回しが。
この時代では、身近ではない国際問題でも、広く市民に対して、相互理解と共通認識を普及させることが急務になっているわけです。
 国際的な共通認識・理解の構築とは、国家間の歴史の共同研究であり、また民族的、宗教的な相互理解を高めるための教育を施すことです。暴徒化するデモ隊は、感情の赴くままの民衆行動の現れですが、感情的行動の抑制には、民衆が理性的・知性的である必要があります。
明治時代以来の、すべての国民に教育をという政策は、市民が、知識の習得により感情的行動を抑制することにはかなり効果が発揮されたと思っています。
また、国際的コミュニケーション力をつけるためには、何がその民族、その宗教にとってデリケートな問題なのかを含め、あるいはよく知らないのに深く言及してはならない事柄等の基本的な事項は理解しておく必要があります。私は、こういうことも教え込むのも、教育だと思います。

国際交流の場で一般市民に対してこれを行うことは、なかなか、息の長い話ですが、地道にやるしかありません。チャイナリスクを軽減するには、これが必要です。

ずいぶん前になりますが、キリスト教の奉仕活動について、ある外国人と話をした際に、日本人の発想で、「奉仕活動だとしても、彼女のしてくれたことに、あなたは感謝すべきで、お礼をしたらどうか」と言ったところ、神への奉仕活動なのだから礼をする必要はないと当然のように言われ、大変考えさせられた経験があります。宗教に基づく価値観・倫理観は、明らかに宗教ごとに異なります。このように広く知られているノブレス・オブリージュも、知識として知っていても、実際に与える側、受け取る側でどういう受け止め方がされるのかは、経験してみなければわかりません。

2012.9.18補足
この時間にこれを書いてしまっては、時間がなくなると思いつつ、
補足。
本日、午前と午後に地下鉄に乗り裁判所に行きました。午後に乗った際には駅売店の新聞見出しは午前より過激になっているし、霞が関には街宣車も多く、一体どうなるかと思いきや、確認すると、新聞見出しより、ネットニュースの方がよさそうです。
大きな国だけあり、民衆感情のコントロールがきかなくなったら、こういうものになるということでしょうか。今回の暴動やデモ発生の地域は、経済発展の広がり具合とほぼ一致するというところなのでしょうか。
他人事だと思ってみれば、毛沢東の共産主義の時代と異なり、経済発展とともに如実に経済格差が出始めた象徴的な様と、諸子百家争鳴後の焚書坑儒や、共産党時代の百家争鳴後の文化大革命等、他では見られない知識階級の弾圧の方向に進んでしまう中国の歴史・政治のかじ取りの難しさを考えさせられます。
もちろん、他人事ではないので、暴動の早期沈静化を願ってやみません。
何万人も暴徒化して、他国の資本だからと襲撃をするのは、中国ぐらいでしょうが、ここまで大きくなれば、文化大革命の記憶も真新しく、当局の政策に合致しない意見を中国国内で言えるはずはないのでしょう。それでも、良識ある中国人の良識ある行動(意見を言うなということではありません。)を期待したいと思います。

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-08-17 (1517 ヒット)
タブーの従軍慰安婦問題ですが、問題が大きくなりすぎているので、論点整理をしたいと思います。
まず、例えば、日本人が、アメリカのある図書館の敷地に建設された慰安婦の碑に抗議する理由は、
1 朝鮮人の20万人の慰安婦など存在しない
2 従軍慰安婦という名称で日本軍相手に売春した人々があったことは認めるが、韓国人に限られないし、日本人もおり、また、新聞広告で募集をして集めていたもので(但し、厳密には韓国政府が証拠として公表した、新聞募集広告も実際掲載があったのか疑義があるようですが。)、強制はない
ということです。

1 なぜ20万人の慰安婦が存在しないのか
  そもそも、朝鮮は、太平洋戦争の戦地ではなく、日本本土と異なり、連合軍の空襲もありませんでした。そのため、戦時でも混乱はなく、焼け野原で発生した戦争孤児もいず、治安は一定程度の安定があったはずです。にもかかわらず、このような大量の女性が強制的に連れて行かれたら、戦前といえども、社会的に大問題になるはずです。
  ところが、日本でも、朝鮮でも、当時、強制連行が社会的にクローズアップされたことがない。
  だから20万人はあり得ないわけです。

  では慰安婦の人数はどの程度なのか。
  こういう比較の仕方はいいのかどうかは別ですが、現在の風俗従事者の人数と大差ない程度ではなかったかと思います。韓国政府が正式に認めた慰安婦の人数が数百人とか数十人とか言われていますが、韓国政府の認定人数が数百人とすれば少し多すぎるのではないかと思います。

2 どうして強制ではないのか
  ここで一つの弁解。日本政府は、植民地の人々にも、全員に対して、戸籍制度を実施し、日本本土の法律を適用し、同様の法治国家を実現しようしていました。これは、現在の韓国の法制度の原型が、戦前の法律にあることからすれば明らかです。
 したがって、朝鮮半島の当時の法律からしても、強制連行を正当化することはできなかったのです。それを、公然と、やるのでしょうか。軍隊の徴用ではありません。住民を戸籍で管理し、数字のごまかしがきかない状態では、多数の女性の強制連行など考えられないのです。

 他方、日本人の方は、敗戦後の武装解除の後(統治終了後)、大陸に残った日本軍、役人の職等にあった日本人男性50万人以上が、シベリア抑留すなわち強制労働に従事し、10万人以上(今日のNHKのニュースで死者は5万7000人という厚労省の統計があるとの報道がありました。確認が取れたら訂正します。)というすごい人数が日本の土を踏まずに鬼籍に入ったわけですが、朝鮮人のシベリア抑留はありません。

  当時の慰安婦を募集した新聞記事を見れば、明らかに破格の報酬を与えるあやしげな内容で、慰安婦の意味を知らずに応募した場合で騙されたと主張するのであればともかく、強制的にさらって集めたとか、そういうことは、ないということになります。

3 なぜ、日本軍は世界中から非難される従軍慰安婦を設けたのか
  
  売春は、世界で最初の職業と言われたりします。キリスト教であれば、マグダラのマリアですか。
  古今東西どこでもその存在はありますし、ハリウッドの大ヒット映画「プリティーウーマン」も、売春婦(コールガール)を題材にした映画でした。
  現在我が国では、売春防止法があり、売春、買春どちらも犯罪行為とされていますが、暗黙の了解として風俗営業法の厳しい制限の中で事実上のお目こぼしがあるわけです(但し、未成年の雇用についてはかなり厳しい取り締まりがある)。
  ただ、我が国には、吉原(借金のかたとして年季奉公に出される場合はあっても、強制的に攫ってくることはない)の長い歴史があり、公がある程度風俗に関与することで、働かせられる女性をコントロールしようと考えた可能性はあります。
  つまり、
日本人的感覚 → 民間業者により彼女たちを劣悪な環境に置かせるくらいならば、軍のコントロールで多少なりとも待遇を改善させようとした
世界的感覚 → 公がそもそも違法である風俗を公認するようなことをするなんて、許されるべきではない。事実上コールガールが存在するのはやむを得ないとしても、その職業、存在は容認されるべきではない。
  日本人が、日本人の心情としてこの制度に理解できるとしても、それが世界的にみればどう見えるのかは違うということ、この点において、戦前の日本軍も世界的感覚において認識を改めるべきであったということなのでしょう。
 
4 提言
  朝鮮半島に20万人の慰安婦がいたと主張し、アウシュビッツ並(なお、アウシュビッツの根本にあるのはシオニズムで、戦争の激化によりイスラエルに送還できなくなったためアウシュビッツが作られたと言われており、収容所には、ユダヤ人だけでなく、その施策に反対するドイツ人を含めた非ユダヤ人も相当数収用されていたと言われています。もちろん、シオニズムという思想そのものにも、批判はあります。現代の欧州でも排他主義は解消されておらず、政治の争点となったりしているわけです。)の問題と言っているのは、韓国系アメリカ人であり、韓国本国にいる韓国人が言っているものではありません。
  そうでしょう。20万人の女性というのは、かなりの数です。20万人の慰安婦がいるわけがないのですから。韓国政府が認めたのもせいぜい数百人です。
  では、なぜ、数字が一人歩きしたのか。私は、既に韓国に住む韓国人ではなくなっているから、自国のプライドにこだわることなく、また自虐的になることなく、被統治者感情だけで、物事を大きく捉えることが可能な立場にある、韓国系アメリカ人の特殊な立場があると考えています。だから、根拠がない。

  私がここ数日のネット記事で気になったのは、韓国内に、1200人の日本女性が浴衣、着物(どちらも日本の民族衣装だが、日常的にはほとんど着ることはない。ここでこういう着用をしたということは、日本人であることをアピールするための衣装と考えるべき)で集まって、従軍慰安婦について謝罪をして、署名活動をしたという報道があったということです。
  統一教会の信者の扇動行動とのことで、韓国人女性のやらせではなく、日本人女性が実際多く含まれるとのことですが、これを読んでぞっとしました。
 一体、どういうことを言われ、何を信じこまされているのかと。
  
  私は、キリスト教徒ではなく、統一教会の「身(国境を越えた集団見合い?集団結婚式?)も心(教祖の花嫁?)も、財産もすべて教会に差し出しなさい」的な教義(一言でいうとこうなるのでしょうか)が、いいのか悪いのかは敢えてコメントしません。
  ただ、事実を正確に認識することにより、過去にそういうことがあったからやっていいだろう的な、半ばカルト的思考や自虐思考に陥ることを回避でき、あるいはそういうひどいことをされていたのだという被害感情を正すことができるのではないでしょうか。

  韓国大統領は、従軍慰安婦問題を国内的に解決しなければならず、その財源確保の問題があるため、日本にお金を出させたいのはわかりますが、日本にしてみれば、統治については(日本の謝罪の根底にはこれがあります)は、とっくの昔に当時のカネでも巨額賠償金を支払い、賠償は解決済みということになり、この要求は、飲めません。
統治した側と統治された側の問題を解決する合意がなければ、韓国の(朝鮮戦争後の)戦後復興の礎となったこの巨額賠償はもともと成り立ちません。

 韓国大統領としては、従軍慰安婦について日韓での共同研究を提案し、相互共通認識を構築する方が、解決が早いような気がします。
 ついでに、今現在、問題視しなければならない、今ある風俗の闇や、女性の問題についても、問題提起して欲しいものです。昔、ヒモ、今ホスト(この問題は詳しくは書きませんが、若い女性に話せる機会があれば、友達に誘われて軽い持ちで行くようなところではないと必ず説くことにしています。1回行って、最低数十万円請求され、裁判沙汰、弁護士問題になる業界など考えられません。)です、問題は。現実に横たわる風俗の問題も、私は、決して誉められたものではないと思っています。男性諸兄の中には、現実に風俗で働く女性が好きでやっている人ばかりと勘違いをする方が多いのも、気になります。
  ここら辺の問題で参考になるものとしては、五木寛之の「青春の門」でしょうか。ただし、現在、その根底にある問題は貧困というよりも、ホストクラブ等、巧妙な仕組みのような気がしてなりません。

  日韓で共通認識ができれば、また韓国内の世論に正しい認識ができれば、本当かどうかは知りませんが、毎年千人規模で、韓国内に送り込まれる統一教会の日本人女性の待遇、心境が、改善されることにつながるのかも知れません。

2012.9.18補足
 今日、社民党の国会議員が、韓国の日本大使館前の従軍慰安婦のデモに「日本の国会議員」として参加したかのようなニュースが出ていました。統一協会の信者ではないのだと思いますが、何をしたいのか、よくわかりません。社民党は、慰安婦問題に積極的な党ですが、この期に及んでも韓国に行ってこれをやるというところが、末期的であり、残念の一言に尽きます。

2012.9.24 本日の朝日新聞記事について、補足
 今日、朝日新聞の記事で、従軍慰安婦のおばあさんを日本に呼んである政治家に文句を言わせようとしたという記事が出ていました。(こういうところが、「朝日」の「朝日」らしいところです。)
 今回のご発言は、役人と日本人(日本兵ではない)に騙されたとのことで、日本軍に騙されたとのご発言ではありませんでした。
 誰しも、80歳過ぎのおばあさんの発言を否定したいと思うわけありません。だた、周りがお膳立てして、こういう情に訴える手段に出たこと自体、客観的証拠がないことを認めているようなものです。問題をすり替えている気がします。
 今のご時世でも「それって騙されているのではないか」という方法で、風俗に入る女性もみられるのですから、当時騙されて売春婦となったケースが全くないとは言いきれません。しかし、1つあるからと言って、十あるというならまだしも、数百、数万あると決めつけるのは正しくありません。
 当時の日本統治の、学童への教育政策、日韓の経済事情、攫ったり騙したりする必要性、韓国の農村部の貧困、貧困ゆえのムラ意識・団結力の強さ、当時のアジアでの売春婦の人集め事情(但し、それが望ましいと言っているわけではなく、事実として捉えればということです。なくすべきことの一つと考えます。)、そもそも朝鮮半島は戦場にならなかったこと等を考えれば、攫ったなど考えられないし、特に当時の親世代が無償で働かせるのに応じるほど朝鮮人が日本に盲目的なほど迎合的であったとは考えられないのです。明治時代の重鎮伊藤博文を暗殺した、いわゆる暗殺者、安重根は朝鮮の大英雄です。
 沖縄では、米軍兵の未成年者に対する性犯罪が起きると、全島上げての米軍反対運動が起きます。
 日本も韓国も、また昔も今も軍人に対する民衆の目はそれなりに厳しいように思います。

2012.11.1 国連人権理事会の記事について補足
国連で、韓国、北朝鮮等は、従軍慰安婦の問題を再び提起したようですが、韓国の新聞を読むと、相変わらず、アメリカ国内での記念碑設置や従軍慰安婦の名称を通りにつけようという活動をしているようです。
とすれば、韓国もしくは韓国系アメリカ人がこのような活動を継続する間、日本としても絶え間なく、当時の事実を伝える続けることを継続しなければならないことになります。
こんなことを書いても、韓国や韓国系アメリカ人は、事実分析とか、考察とかしないのですかね。なんだか、とても息の長い運動が必要なようです。
とすれば、韓国側の活動の資金源と思われる統一教会ルートについては、せめて日本国内ではこれ以上資金提供をすることがないようしていただきたいものです。
さて、最近ふと気づきましたが、当時の女性の結婚適齢期は、今とは異なり15、16歳くらいです(「15で ねえやは 嫁に行き」という童謡「赤とんぼ」の歌詞を思い出してください。)。したがって、韓国側がいう10代で慰安婦(売春婦)になったことはひどいというのは、今とは成人の概念が異なるので、不正確ということになります。

2013.12.14補足
 とある業界紙で、従軍慰安婦の問題は強制があったかどうかではなく、退職の自由がなかったこと、一旦売春婦に応じたらやめられなかった点が強制であって、これが問題だ というようなことが書いてありました。
 でも、これって曲がりなりにも戦場での話なわけですから、退職の自由があろうとなかろうと逃げ出せないのではないか、退職の自由はドンパチやっている戦闘地帯で問題になることなのか、どうやって退職の自由を確保できるのか、と反論したくなるのですが。

 仮に、これが、売春・買春問題一般について問題を提起していると仮定すれば、現代の問題となります。
 今、そういうことをしている人は、今のご時世、明らかに軍とは無関係ですが、辞めたいと思ったら即退職できるわけではないし、売春が大変でない職業になっているとも思えません。
 戦後の作品である五木寛之「青春の門」にはそうは書いてありませんし、状況は今も変わらないはずです。
 人の嫌がる職業はなり手が少なく、あの手この手で引き留めるのは普通にあることで、売春婦も同様で、仕事がきついからと誰も彼もやめないように、工夫をしているのではないかということです。

 退職の自由がない、あるいは事実上ないことは、従軍慰安婦に限ったことではありません。
 大変残念なことですが、インターネットが発達している今の方が、物理的に逃げ出せばそれで終わりではなくなっているので、抜けにくくなっているよう気がします。というか、復讐なんとかではありませんが、問題はむしろ深い。
 だから、若い女性に対して、安易な気持ちでホストクラブ(最近はボーイズバーですか。)に行くものではない、たとえ友達や彼氏の紹介でも行くものではない、と機会があれば言うことにしています。もちろん、だからと言って、ホストが全面的に悪いかと言えば、裏で仕切っている方が悪いような気もするし、複雑にからんだ事情が問題を根深くしているところなのでしょう。
 
 当時のアジアの売春制度については、早乙女勝元氏の「ベトナム200万人の餓死の記録」という文献で、ちょっと出ていたと思います。人集めの方法は今とは違います。

2014.3.6補足
 本日、韓国外務大臣が国連で演説をしたという記事がありました。要約すれば、従軍慰安婦問題を片付けなければ女性蔑視は続き、それは日本の女性優遇の目標と違うという内容のようです。
 一見、論理が通っているかのように見えるが、実際には、最近の韓国の報道によれば、わざわざ1200人の日本女性が韓国の日本大使館の前で、着物・民族衣装を着て謝罪したことさえあるとのことです。
 この問題は、決して、日本女性が韓国人に謝罪をするようなことではないし、そんな卑屈にさせる状況になるのであれば、きちんと筋を通すべきだと思います。
 過去、日本軍が彼らの健康管理等をした事情があったとしても、売春婦の話で現在に生きる日本女性を韓国で謝罪行動をさせてしまうような誤った認識を植え付ける、植え付けさせるのはどうかと思います。
 アジア女性基金より、無償で住居等の提供がなされ保障を受けて続けている方々若しくはその活動を拒否した方々が、これ以上賠償を声高に求める心境も不明ですし、何より、韓国内の国内問題として保障が未解決かどうかは別としても、国家間の問題としては既に終わっている問題なのです。

 余計な話ではありますが、韓国政府の方々は、大ヒットした「江南スタイル」のミュージックビデオを皮相的に視聴しなおし、現代の売春問題の仕組みと対策について取り組む方がずっと現実的ではないかと思います。このビデオは事情をよく知るという程の立場にない私でも、意味深でした。
 
 従軍慰安婦の問題が戦後何十年も経って、突如、問題化してからの日韓の交渉経過、更に上記のようなアメリカ等での石碑等建立問題を見れば、この問題は長期的視点に立って慎重に対応しなければ、後々、更に混迷を深めることになりかねません。

2014.4.12補足
 アメリカの州の慰安婦像の撤去を求める裁判で、市側が争う姿勢を見せているとの記事がでています。
 公共の場で、特定の思想、主張を表明する彫刻を役所が設置するは適当でないという中立性の問題ですか。
 当然のことですが、裁判は勝ち負けだけではなく、裁判で双方の主張が掘り下げられることで、メディアその他の手段を通じて一般にも問題点が明らかになり、一般市民に対して、なぜここまで問題になるのか、理解を深めてもらうきっかけにもなります。
 裁判を通じて、双方の意見を照らし合わせることで、一般市民にこの問題の実情をわかってもらえればと、期待します。

2014.6.20補足
 相変わらずというか、いつまで経っても記事に事欠かないこの問題です。
 日本の大学に招待されて講演した慰安婦の方の話がネットに出ていますが(たとえば立命館大学の講演録そのものは正確であるという前提で)、記事の内容を読んでみると、ご自分の家族を悪者にしたくない気持ちもわかるのですが、連れて行かれたとされる状況は、一口で言えば、貧困の中での家族内でのエピソードになっています。したがって、当人が強制されたと言っているから軍の強制であると断定するには、(家族が強制したというのならばともかく)客観性に乏しいわけです。
 なぜ、このような当たり前の検証ができないのか、またできなかったのか疑問ですが、今までの経過からすれば、その時点で政治決着しても後で再燃していることから、簡単な政治決着は無理そうなので、やはり筋を通すべき問題なのでしょう。

2014.8.28補足
 ここのところのメディア報道の中で、慰安婦問題の掘り下げが進みつつあります。
 朝日だけではなく、各社が当時何をどういう形で報道をしたのかの検証記事は、各社の記事の報道の在り方、中立性確保の工夫の違いを考えさせられます。
 自由な報道には多様性は必須なので、報道内容に誤りがなければ、いろいな記事があっていいと思います。ですが、新聞・メディアの社会的影響力からすれば、誤りは早く正すべきですし、正確性・中立性はいつも心がけていただきたいところです。
 今回の騒動の後、慰安婦問題についての世界の誤解が少しでも解消されることを願ってやみません。

2014.8.30補足
 昨日、国連の委員会で、慰安婦問題につき、さらに突っ込んだ意見が出されたそうです。
 何を根拠に法の裁きを受けさせるべきとなるのかよくわかりませんが、その根底にあるのは、強制連行等の誤解があるわけですから、是が非でも、ここら辺の正しい事実をアピールしていただきたいものです。
 もし、ここら辺の世界の誤解を解消できたら、私は朝日を見直したいと思います。

2014.12.05補足
 最近NYタイムズで、慰安婦記事をスクープした元朝日新聞記者が、いじめ脅迫に遭っているとの記事が出たとのことでした。
 原文に接していないので正確ではないかもしれませんが、現政権が右翼化してきてその反動でいじめや脅迫に遭い解雇寸前にあるということですが、この方もジャーナリストであった以上、自分の保身のためだけにNYタイムズの取材に答えたわけではないのでしょうから、今回の問題は何が問題なのか真実をきちんと考察した上で、インタビューに答えていただく必要があったのではと思います。
 この方の親族は韓国にゆかりの深い方で、この方自身も韓国通とのことですが、この方の記事が発端となり朝日新聞大スクープとして長年の問題が発生し、さらに言えば、この方が退職するまでいくら誤報の批判があっても朝日新聞が対応することがなかった事実はこの方の朝日新聞での影響力の強さを物語ることは間違いないのですから、せめて現政権から、何をもっていじめ、脅迫を受けているというのか、明らかにすべきであったと思います。
 戦勝国(アメリカ)の敗戦国(日本)に対する批判という意味では、根拠のない「いじめ」の被害申告であっても、「敗戦国は悪であるべき」との戦勝国国内の論調では受け入れらやすい被害申告であることは間違いありません。しかし、この方は日本側の立場で発言する以上、きちんとした主張をするのであれば、現在の処遇に関しどういうところが間違っているのか、何が「いじめ」と評されるものなのか、明らかにする必要があるのではと思います。 
 具体的には、慰安婦報道のどこが正しくて何が間違っているのかを明らかにして、初めて「いじめ」を受けているとの申告になるのであろうと思います。
 それがない以上は、NYタイムズの記事も、敗戦国に対する戦勝国からの一方的な押しつけと思わざるを得ないし、少なくとも日本国内でこの元記者の論調に共感を覚える人は少ないのではないかと思います。

2014.12.23補足
 NYタイムズの補足記事が出て、(本来であれば、週刊誌でこの人の投稿記事を確認すべきなのかもしれませんが暇がなく省略します)、この方の言い分の要点は、1 自分の記事は朝日新聞誤報記事の訂正対象になっていない、2 強制性があったとは言っていない、3 女子挺身隊として?従軍慰安婦にさせられたと言っているとの3点の指摘があったようです。
 1、2はそれでいいでしょう。問題は3です。
 戦時中の女子挺身隊とは、勤労のための婦人団体の総称で、朝鮮半島だけでなく、日本にだってありました。女子挺身隊は当然ですが慰安婦を送り込む組織ではありません。ですから、女子挺身隊と慰安婦との混同は正しくありません。女子挺身隊と騙されて慰安婦になった事実があったのであれば、どういう具体例で慰安婦とされたのか、それは例外なのか、よくあったのかを明確にすべきです。
 ちなみに、韓国系米国人が言っている20万人の慰安婦とは、朝鮮半島の女子挺身隊の動員人数を根拠としてするようです。
 意図的かどうかは知りませんが、こういう表現をすると、あたかも権威ある新聞が「女子挺身隊」イコール「慰安婦」と決めつけたように思え、それが、さらに一人歩きをし、朝鮮半島に20万人の慰安婦がいたと三段論法的になってしまったのが、現在の状況だと思います。
 ナーバスな問題をおおざっぱに報道すると、表現一つで大きな社会的影響を及ぼす危険性を理解・認識していただきたいと思います。そして、元ジャーナリストとして、今一度調査の上、正確に発言されることを希望します。
 納得する、しないに関わらず、対立意見およびその根拠をきちんと確認・認識することは、真実を報道するためには、必須のことです。

20150212補足
 さて、アメリカの学校の教科書に従軍慰安婦が性奴隷であったとの記載がなされ、それを7人の歴史学者等(ご専門は韓国史なのでしょうか?ハングルだけを読める学者であれば、戦前の文献として何にあたってコメントを出したのか大変興味があります。)により、首相が歴史修正主義者と批判されたこともあってか、政府は短期的に従軍慰安婦問題を片づける姿勢になっているようですが、今までの韓国の対応、賠償金問題が大問題されてしまう韓国の国内事情を考慮すると、長期的に考えれば、それがいいことだとは、残念ながら思えません。

 歴代首相の過去の発言は重く取り消せないということを、痛感させられる事件ですが、だからこそ、今がよければ の発想ではなく(今までの対応は、拙速すぎた結果だと思います)、後のことを十分考え、長期を見据えて対応していただきたいと思います。

 ところで、この「Slave」との表現は思いの他、多用されています。
 昨年末、イギリス王室のスキャンダルになったアメリカのフィクサーをめぐる 強制?売春訴訟で、彼女たちは「Sex Slave」であったとの表現がありました。テレビのゴシップ報道の内容からではありますが、何をもって強制というのか、暴行脅迫があったわけでもなく大金を貰っていれば売春ではないのか等疑問があります。が、損害賠償を請求する側(彼女ら)はこの表現を使っています。
 とすれば今のアメリカでは売春婦でも「Sex Slave」になるのかなと。
 また、先日のイスラム国の報道で、「日本は、欧米のSlave」とのコメントがありました。これは日本人が休むことなく奴隷のようにあくせく働き、得た利益を欧米にもっていかれる(長期間にわたり、実績ベースで世界一多額の国連分担金を支払ってきた事実(支払停止をしている国があるため)をはじめとした、多額の外国支援は、事実あります。)を揶揄しているのでしょう。こういう発想は私にもありませんでしたが、ある意味正しいわけで、なかなか、考えさせられる風刺的表現です。
 韓国にいたっては、南の韓国で「お嬢さん」との表現は、北朝鮮では「奴隷」となるとか(語源については全くよくわかりませんが、韓国の国語学者が、南北の言語の統一を目指したいとの記事での下りにありました)。
 他方で、古代世界史では、古代エジプトのピラミッドは多数の奴隷が犠牲になり建造されたとの長年通説は、近年の発掘調査により覆され、建造の担い手は、使い捨ての奴隷ではなく近隣の住民で、閑農期の公共事業として行われたのではないかとの説が有力になってきたようです。

 
 こうやって考えると、いったい「Slave」とは何を意味するのか、改めて考えさせられます。
 韓国系米国人が言う、売春婦を強制的に連行したという主張はやはり否定すべきだと思いますが、「Sex Slave」の意味そのものが、アメリカでも変容していること、過去に歴代首相がした発言があることからすれば、アメリカでの動きは変わらないのかも知れません。
 むしろ、日本に対するひとつの批判(戦勝国アメリカとしてもパールハーバー先制攻撃だけでは不十分。近年、宣戦布告もないのに外国攻撃した国もある。大義名分が必要)として冷静に受け止め、本来の言語の意味に捉われることなく、あった事実を理解してもらうよう、理不尽な批判をされた際にきちんと説得力ある反論できるように理解を深めておくことが必要になってくるのだと思います。
 
2015.11.04補足
 日韓のトップの会談実現に合わせ、日本の慰安婦支援拡大の記事が出ています。
 思えば、韓国政府が、行政作為義務付け訴訟(懐かしの司法試験の憲法論点の一つです。日本では勝訴判決がなかなかお目にかかれませんね。)により、国内で身動きが取れなくなり、外交レベルで幻のゴールポストと揶揄される今の状態になりました。(今、韓国では、韓国国内の原爆被害者に対する行政作為義務付訴訟が提起されています。原爆を投下された国に対して作為義務付けを求める発想は全く理解できません。)
韓国は、政権が変われば、前政権のトップまたは側近等近しい人が逮捕有罪判決を受けることが何度も繰り返されるわけですから、政治的連続性は全く期待できないのが、ここ20年以上の韓国の傾向です。
 慰安婦とされる方が全員亡くなったのであればともかく、今の段階では、アジア基金の際のように、韓国内でお見舞金をもらっても、貰ったことが韓国内で批判され逆に問題が大きくなったり、あるいは、独自の目的を持つ団体の支援により慰安婦問題を日本が認めたものと見做して要求をエスカレートさせるのが関の山のような気がします。

 慰安婦に限っては、もっと日韓の共通認識を掘り下げ、政治的継続性がない韓国政府だけでなく韓国世論が共通認識を持てるようにならなければ、終局は到底望めないと思います。
 残念ですが、今の韓国世論は、現実を直視しているとは思えません。ですので、目先の支援ではいい結果にはならない公算が高いと言えます。

2015.12.27補足
 慰安婦問題は一応進展しそうな感じですが、まだまだ韓国世論やマスコミの抵抗がありますので、じっくり腰を据えてやるべきだと思います。

 ところで、少なくとも私の世代の常識と思われる、東アジアの歴史的な売春事情としては、日本は江戸時代も年季奉公でしたが、韓国など朝鮮は一度身売りされるとそれまでで(だから売春がSex Slaveに結びつきやすい土壌がある)、更に纏足により女性の足を歩行に支障が出るほど変形させることを美徳としていた清(中国)では更にひどかったと言われています(どういう状況だったかは文献を調べれば簡単にわかります)。
 最近、若い女性の変死体が出てきたり、殺害されたりとのニュースが増えていますが(当たり前のことですが、20歳前後の女性に多額の現金を貸したり、あるいは多額のサービスを提供するところなどありません。私が唯一想定できる例はホストクラブに1回行って100万円以上を請求された例、すなわち「8回(80回、800回ではない)」通って800万円の請求がきたと言うのであれば、あろうかと。20歳前後の若者が800万円の借金を作るなど奇想天外だという常識的なセンスは、このケースでもおそらく妥当します。ですから、金銭トラブルが原因とは言い切れないような気がします。)、これは、売春組織の多面的な意味での国際化も背景にあるのではないかと考えます。
 若者にこそ、どんな形であれ簡単にお金が稼げるようなうまい話はどこにも転がっておらず、辞める(退職)時の制裁が生命の危険だったり、思いもつかないリスクと背中合わせにいること、また日本と中韓は似て非なるところであることを認識してほしいところです。

20170611補足
 予想通りではありますが、韓国の政権交代により慰安婦問題が再燃化されています。
 日韓の女性が立ち上がってこれを更に問題化していくということです。被害者的観点ではなく、時代検証、当時の売春状況も含め、正しい検証にたどり着いていただくことを切に希望します。
 最近は、いかにもという、あからさまな、若い韓国人女性を見なくなり(但し、最近は赤坂にはほとんど行っていないので、特定エリアの変化を言っているわけではない。)、気にすることはないのかなと思いつつ、戦後、市川房枝氏らが、「女性の境遇」を改善するため、もともと買春しか処罰の対象ではなかったのに、売春を処罰の対象とした歴史的経緯を今一度確認し、少子化の中で、またリアルな国際問題も含む現状を打破するために、若い女性のビザ審査を厳格にする等、今何をすべきかということまで、立ち入っていただければと思います。
 立命館の慰安婦公演で話された、特攻隊として散っていった兵士の方から聞いた生の証言は、ほぼ壊滅状態の戦地から生きて帰られた方の貴重な証言として、心にじんと来るものがありました。

20170724補足
 韓国のムン大統領が、亡くなったある慰安婦を評して「拉致された」とのコメントを出したようですが、「誰が」拉致したのか、何を根拠に「拉致」というのか、明らかにして欲しいものです。
 日本軍による拉致も日本人による拉致もありません。当時の社会情勢からも言っても拉致する必要も、しなければならない事情もなく、また実際、そういう事件が発生したとの当時の記録もないわけですが。
 

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-08-14 (801 ヒット)
 ようやく、消費税増税法案が通りました。
 国家公務員にしてみれば、給与10%カットをしていわば身銭を切っての覚悟を示したのに、増税が通らなければ ということでもあったでしょう。
 ただ、当然のことですが、このまま、今まで通り、歳出拡大に動くのでは、借金が増え続ける体質は絶対に改善されません。借金がなくなることはないとしても、マネーゲームのターゲットになり、円の大暴落を招くような借金体質はよくありません。
 そのためには、どうすべきか。
 歳出削減しかありません。
 歳出削減をしていかなければ、これが最後の増税にはなりません。
 そこで、今回を最後の増税にするにはどうしたらいいのかを考えたいと思います。

 今回も増税の大義名分として社会保障費の不可避的な増加に対応するための増税であるとのコメントがありました。
 社会保障制度は、「健康で文化的で最低限の生活は保障されなければならない」という憲法25条を実現するものですが、「何が最低限度の生活なのか」は時代により異なるとされます。
 とすれば、思い当たる歳出削減の要素として、削る余地があるのも社会保障費ということになるのでしょうか。一人当たり月額6万円(現実の支給額は納付期間から4万円程度が多いと思われます。)の支給もない国民年金の削減はできようはずがなく(他の年金は違う)、具体的な社会保障費の削減としては、
1 生活保護費(標準支給額はだいたい月額15万円程度でしょうか)の見直し
2 生活保護費の中の大きな割合を占める医療費の見直し
3 ワークシェアリングを見直し、最低賃金の見直すこと
4 高齢化社会に対応した生活圏のスリム化による社会インフラの効率化
5 教育の多様性の実現
6 健康保険制度の見直し
の6点でしょうか。

具体的に言えば、
1は、生活保護費の支給の効率化と支給対象者の復活を目指せる制度作り
2は、生活保護費の半分を占めると言われる多額すぎる医療費の支出を見直し、明らかに生命身体にすぐに影響しない診療科目(現行制度では、ニキビ、薄毛、脱毛でも保険診療でき、そのため生活保護でも受診可能となっている)の受診については保護費支給対象から外す等によって、適正な医療に限定して生活保護費を投入する
3は、精神疾患の回復過渡期等で完全就労足り得ない人材に対して最低賃金制度を弾力的に運用することでall or nothingの雇用を避ける。
4は、高齢化社会の中で、社会的インフラのコスト高を避けるため、車社会で郊外に広がりすぎた生活圏を再度集約化させる
5は、削減と無関係のように思えますが、若年労働者層の人材確保のためには欠かせない観点だと考えています。学歴社会ではなくなっていますが、それでも学歴の尺度で社会が動いているため、社会的適性、仕事の適性も理解・把握できないまま、適性のなさそうな仕事について四苦八苦したり、あるいは、なかなか就職できない状態が生じ、自殺率増加につながっていると考えており、結局の所、若年層が、個々人の社会的適性を反映した社会を築くことは、歳出削減に結びつくと考えます。 

弁護士は政治家ではありませんが、仕事柄、社会のひずみや問題点を、他の職業より考えさせられやすい立場にいます。
社会事象の一考察として、6つのテーマに分けて検討したいと思います。

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-06-28 (1140 ヒット)
またまた、日本海の呼称の問題が浮上しました。オーストリアで使用する教科書に、日本海と東海を併記するというものです。
韓国の東海運動による誤った結果(成果?)と言えます。

朝鮮半島では、朝鮮半島西側の海域である「黄海」を西海、東側の海域である「日本海」を東海と言っているようですが、西海表記については敢えて運動をしません。ヨーロッパにとっては、ヨーロッパの方が西なのだから、「西海」の表記活動をしても、簡単に受け入れられるものではないし、自分たちが東の海(日本海)を東海、西の海(黄海)を西海と呼んでいるからと言って、彼らの中華思想を世界に認めさせることはできないことをわかっているからです。

ヨーロッパにとっては、自分たちの西に対して、確かに極東の海域の海は、「東海」とするのが簡単で分かりやすいこともあり、「東海」併記推奨ということになったのでしょう。
また、たとえば、子どもの試験レベルでは、日本海という表記よりも、「極東にある海域。だから、東海」の方が回答にたどり着きやすく、便宜的だがわかりやすい表記なのかも知れません。もともとほとんど縁がなく、「東にあるから東海」という発想は、海に面していない遥か彼方のヨーロッパの国にとっては、定着性があり、教育のためには、推奨したいというのでしょうかね。
その教育効果にどれほどの意味があるかはわかりませんが、所詮、最果ての地、無縁といえば無縁で、どうでもいいことではあるでしょう。

しかし、日本海はその多くが、日本のEEZラインの中にあり、日本列島の方が日本海に接している海岸距離も長いのです。更には、この海域は、北から「オホーツク海」「日本海」「東シナ海」「南シナ海」「インド洋」と呼称が変わりますが、ネーミング的にも、歴史的には、「東」の海であるのは、朝鮮半島だけなのです。
にもかかわらず、併記というのは、あまりにその土地に住んでいる人に配慮せず、世界観のない、教育なのではないでしょうか。

この日本海と東海の違いは、オーストリア的に音楽に例えれば、クラリネットの表記として、「クラリネット=バスクラリネット」と表記するようなものです。バスクラは、クラリネットに分類されますが、同じではありません。

日本に住んでいる日本人としては、この記事を読むと、「オーストリアは、どういう思想で教育をするのか」と問いただしたくなりますが、いっそのこと、「オホーツク海」も「日本海」「東シナ海」も「南シナ海」の全部「東海」にすれば、もっと、簡単でいいかも知れません。その土地の地理、歴史を全く無視して、わかりやすい表記に徹底するのであれば。

海に面していない、しかもはるかかなたの国ですから、この方が、自国(試験を受ける自国の子どもたち)の利益に合致する一面もありますが、これでは、国際性は生まれず、東アジアの正しい理解もできません。

もちろん、日本人としても、反省すべき点として、最初に日本海問題が生じた際に、想定外のことなので驚くだけで、世界に対して正確な理解を求めることをして来なかったこともあるかも知れません。
朝鮮半島と日本は、もともと民族的にも近く、日本人のルーツの一つが朝鮮半島から移住した人々の子孫であることは紛れもない事実です。
韓国や北朝鮮は、近年、1500年以上その使用に歴史があった漢字表記を捨て、1400年ころに発案されたハングル文字のみでの表記(但し音はそのまま)だけにしてしまう国ではあります。日本人の私にしてみたら、今までの古文書を全部捨てさるつもりか、という驚きを覚え、理解に苦しむものですが、韓国は、つまりそういう国です。
そのため、世界的に有名な韓国の海印寺にある漢字で書かれた「八萬大蔵経」は、韓国の若い世代にしてみたら、全く読めない書物と化したわけですし、あと100年もすれば、韓国内の古文書(漢字表記)、ヨーロッパで言うところのラテン語の文献と同程度の扱いとなってしまうでしょう。韓国ではこういう危惧感、歴史の承継については、全く話題にもなっていないようですが。

延々と続く歴史的文字である漢字も捨て、古文書も事実上解読不能とさせる国に、歴史による正当性を語ってほしくないし(ただし、正直韓国のいう、東海表記の歴史的正当性根拠が、真実、根拠足りうるのかも、疑問です。)、地理的条件、海域の利用状況、ここ150年の海域の名称実績を無視したこういう主張をまかり通らせてはいけません。

オーストリアは、距離的、歴史的にも相当離れ、音楽、貿易、観光以外はほぼ縁がない国ではあります。しかし、せっかく、東アジアのことを教育するのであれば、その地域の歴史、生活、地理的な意味合いをもう少し、尊重してもらってもいいのではないかと希望します。

東アジアの地図をさかさまにして、日本海を見れば、日本列島で取り囲むように、この海域があることがよくわかります。韓国が主張する東海は、朝鮮半島の東の近海の呼称というのが、正しいのです。
「日本海」は、「東海」ではありません。


*韓国の漢字問題についての補足
韓国、北朝鮮が、漢字を手放したのは、近年のことなので(日本国内の事情で言えば、昭和50年代までは、韓国・朝鮮人のための案内板は、日本語のように漢字まじりのハングル表記だったと記憶しています。)、現在でもハングルだけではなく、漢字表記を復活させようという韓国内の動きがまったくないわけではありません。

ただ、この活動を難しくしているのが、戻すべき適切な漢字表記がないということです。
現在、漢字を使用している国は、中国、台湾、日本で、漢字が発明されてから3000年(日本にわたって2000年)以上経過し、それぞれの国で使用している表記若干異なってきています。「切手」等、最近使われだした単語には共通性はないようですが、ある程度筆談ができます。
一番簡略化した漢字が、中国の漢字、一番変化がないのが台湾の漢字で、日本の漢字はその中間という感じでしょうか。文字によっては略語化の程度に差がありますが。
日本はかな文字という、起源を平安時代(800年ころ)とする文字があり、漢字まじりのかなを使うので、中でも独自的発達を遂げています。
日本語の表記はかな交じりの漢字が正式なものです。これに対して、ハングルは、その文字数が多く、単一音をそのまま表記しているわけではないので、ハングルだけでも用は足りると漢字の使用を廃止してしまったわけです。日本でいえばかなだけの表記になったということになります。
しかし、もともと漢字は表音だけでなく表意文字であるため、結論的には、漢字排斥により表記そのものの多様性がなくなり、漢字から表音文字であるハングルは特定できるが、ハングルという表音文字から漢字が特定できないため、結局、漢文が全部解読不能文字と化してしまうのです。

韓国が漢字を復活させる場合、どの漢字を使用すべきかという問題が生じますが、日本の漢字を利用すれば「統治下」に戻るのかという国内批判が生じ、台湾、中国の文字を使用するには、理由がないということになるのでしょう。李氏朝鮮下の漢字に戻すこともありますが、韓国と李氏朝鮮では、国が違うわけで、これも決め手になりません。そのため、戻すに戻せない難しい状態に陥っているともいえます。
日本語と韓国語は、音だけとれば、「危険」「家族」など共通する意味と音を持つ言葉も多く(中国語、台湾語より圧倒的に多く、韓流ドラマを見ていると、面白いところで音が同じと感心します。)残念という気がします。
結局のところは、漢字復活問題は、大局を見て、こだわりを捨てるほどの必要性があると判断できるかどうかなのかも知れません。

ちなみに3.11の時に、1100年前の「869年の貞観の大地震の記録をもっと活用できていれば、大変無念だ」というコメントをしている学者、研究者がおられました。
このころの公文書の表記は全部漢文で、言語の断絶があったらとても解読できなかったでしょう。
確か、3.11の前年2010年ころに、「東北の武士の書いた文献が見つかった。そこには現在の高さで15メートルの高さの津波が押し寄せたと記録があった。15メートルは、大げさかもしれないが、参考になる」というような内容の新聞記事があったと記憶しています。同じ地震を指すのではないかも知れませんが。

いずれにせよ、目覚ましく科学技術が発達し、生活スタイルも全く変わってしまいましたが、それでも数千年の間に集積された知識、見聞、歴史は、時として未来を予測する重要な手がかりとなり、また生活の知恵となり、アイデンティティーに直結するものとなります。先進技術だけでは物足りない何かを補ってくれるもので、過去を紐解くツールである漢字は、日本人にとっては必須アイテムです。

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-05-20 (1090 ヒット)
いやー、いいですね。
この度、春の叙勲で、萩尾望都氏の叙勲がありました。少女マンガとしては、快挙です。この方の作品の芸術性の高さから言えば、当然といえば当然なのですが、大変うれしい限りです。強いて言えば、受賞を紹介する記事で代表作が「ポーの一族」で終わってしまうことがなんとも物悲しい。
私の時代もそうでしたが、SFと言えば、誰もが、一度はハヤカワ文庫を読んでいた時代に、時代の寵児として出てきた方のわけです。ポーだけでありません。アメリカのSFの流行を作品に投影させた、SFファンタジーの作家として考える方が正しいのではないかと考えています。
萩尾望都氏の作品は、私が大学生のころまでの出版、「残酷な神が支配する」が完結しないころまでは、全部読みました。
私が好きなのは、「11人いる」(さりげなく、人種問題等を扱いつつ、それなりに青春的な作品にまとめている秀作)とか「スターレッド」とかでしょうか。この人の作品は何を読んでも外れがなく、また、時に「イグアナの娘」(ドラマ化もありましたが)等の社会問題を扱ったマンガにもチャレンジされておられ、味わい深い作品が盛りだくさんです。(といっても、この世代の「花の・・・」では、私的には佐藤史生が一押しです。。) 簡単に言えば、この方の作品は、すべてにおいて、今読んでも古臭くなく、よく練られている作品が多いです。
ちょっと前に、どこかの評論家が、日本のSFは進んでいると論評されていましたが(眉村卓、筒井康隆氏の世代に対してだったような気がしますが。)、私自身、近所の図書館にあった、「少年少女SF全集」的なシリーズ(正式名称は忘れました。) をほぼ読破して育った世代で、「可視光線(光)の速度が、現在の半分になったらどうなるのか」というテーマで、長い生命の歴史の中で培った動体視力を前提に急に光の速度が半分になったという想定で、実態に追いつけない現状を描いた作品等を、関心をもって読んでいました。萩尾望都氏のマンガ等は、これに匹敵する面白さ、味わいの深さを、確かに、持っていました。
同様の評価としては、もうSFのジャンルを超え、ショートショートなる新たな小説のジャンルの第一人者である星新一の、ショートショートに匹敵するのでしょうか。星新一も時代の先取りをしたものが多かったですが、40年50年経った今では、「まさに今の生活そのものではないか」というものもあり、時代の先取りという意味では、いいものがあったと思っています。萩尾望都氏と同様、時代がたっても、色あせない、なかなか味わいのある作品です。
私とっての、フレキシブルな萩尾望都氏とは、「プチフラワー」に執筆のころであり、一世を風靡した、ポーの全盛期ではありません(もちろんポーも全巻読破しています。)。しかしながら、こういう方が、きちんと評価されることは、大変望ましいことです。

ところで、今日、久しぶりに美の巨人たちという美術番組を見ました。尾形光琳の関係だったのですが、日本では無名な作品の、けれども躍動感あふれる海・波を題材にした作品を紹介していて、これを見つつ、そういえば、高校生のころ、日展で初めて見て、気に入った洋画「エメラルドクリーンの夢」の作品はどうなったのか、と思いました。
日展で賞を受賞した作品でもなかったのですが、いい海の色が、空の青といいコントラストで、いい感じで描かれていました(言葉に直すとこの程度しか書けない。)。近くの海の色と言えば、青ではなく、エメラルドグリーンであり、(水中植物(藻)が繁殖している場合には、海の色は、透明でも青でもなく、エメラルドグリーンになります。) 、この作品は、エメラルドグリーンのいい海が描かれていました。最初に感動を得た作品を超える作品に出合うのは、困難でもあり、実際そうだということでしょうか。

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