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投稿者 : admin 投稿日時: 2012-05-13 (940 ヒット)
さて、他人の活動の批判ばかりをしていても仕方ないので、海洋保護について考えたいと思います。
国際的には、国連海洋法条約というのがあります。日本も批准しています。
国連海洋法条約には、海洋資源の保護についても規定があり、EEZライン、排他的経済水域は、各国が近海の漁業資源保護のためにわざわざ設定した境界線です。これは、もともと日本の遠洋漁業に対してこれを規制するために設けられたものですが、今では、日本でも中国、韓国に対する漁業規制の根拠として活用されています。
それだけではなく、日本では漁業資源の保護のため休漁期間が設定され、漁業資源が減少、枯渇しないよう配慮されています。そのため、日本海では休漁期間を設けない韓国内の漁場より、日本のEEZ内の方が、松葉ガニ(ズワイガニ)が多く取れるため、韓国等の漁船の密漁が増えるという別の問題も生じています。
しかし、将来を考えると、何らかの形での漁獲量の制限はどうしても避けられないものであります。

これと並行して、海洋汚染の問題も、海洋保護として重要です。
国連海洋法条約では、船舶の事故による重油の流出、海底油田等の施設事故による重油流出等の問題についても、排出者責任が、規定されています。
更に、大きな問題として重金属問題があります。海洋を航行する船舶は、フジツボ等の貝類の付着を避けるため、船体にスズ等の重金属を塗ります。今では、重金属ではない代替の機能性塗料はありますが、世界的に普及しているほどではありません。
船体に塗られた重金属のうち微量とはされますが、常時海洋に溶け出しているため、魚介類が重金属に汚染されていないか問題となっているわけです。
人体に対する重金属汚染は、公害ですが、国際的に船舶の航行距離、航行数が増え、重金属を未だ使用しているままだとすれば、微量とはいえども問題が大きくなるわけです。

更に、SSあたりだと何も考えずにやりそうですが、網や釣り針、ロープなどを海に投棄したままにしたり、本来存在するはずのない陸の廃棄物を海に投棄することにより、海鳥も含めた海洋生物が被害を受けている現状もあります。

したがって、あるべき海洋生物の保護活動とは、重金属を含む塗料の使用禁止だったり、海洋への不法投棄禁止運動だったりするのではと思います。
全く地味な活動なので、多額の活動資金が集まらないから、魚介類を多く食べる地域はともかく、そうでない地域では、この活動が盛り上がるとは思えませんが、重金属は、大型であればあるほど体内に蓄積しやすいとされ、海の哺乳類等の大型海洋生物が一番被害を受けていると言われています。
こういう被害回復が、真の海洋保護だと思います。

ビジュアル的に一見受けがいい活動だけではなく、何が、海洋生物の保護なのか、きちんと研究、調査を重ねて、海洋保護活動をするのであれば、それはすばらしい活動になると考えます。
目先の活動資金獲得目的だけではない、真に誰からも高く評価される海洋生物保護活動への実践に向けて、お手並みを拝見したいところです。

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-05-09 (1179 ヒット)
現在放映中のこのドラマ、2回ほど見ました。
とっても皮相的ですが、業界人にとっては、反面教師の部分が多々あるのではと、ギャグに笑いつつ、ちょっと真剣に見ています。
以前の放送回の、名誉棄損の損害賠償とストーカーの裁判の話は、もちろん誇張はありますが、ある意味正しい部分もあるわけで、こういうものは、ぜひ裁判官に見てほしいと思いました。
ついでに自分も見ながら、いろいろ気を付けようと思います。何に気を付けようと思ったのかは、ご想像にお任せします。
2回ほど見ただけですが、2回とも、別れ際にやりあった相手方から激励の言葉を貰うシーンがありましたが、これが、いい意味で業界的だと思いました。法曹の人数もかなり増え、連帯感はだいぶ薄れてきた、というか弁護士同士でも全く連帯感を感じない、あるいは、なんだ? という感じの人も実際増えてきましたが、それでも、相手を尊重する程度のことはあっていいのではと個人的には考えています。共通意識としての相手に対する敬意があるかどうかは、やはり全然違います。

さて、今年に入って導入したPCが東芝製で、最近、プリインストールの動画キャラ「ぱらちゃん」と「くじいらん」に癒されています。会話のセンスもあるし、何気ない一言がいいですね。
「くじいらん」は、クジラの動画キャラです。
 クジラと言えば、昔から疑問で、未だによくわからないのが、主に欧米を中心とした捕鯨禁止運動です。
 欧米の船が太平洋近海に来ていた江戸時代末期に、クジラの油をとるためだけに捕鯨をし、それが残虐だからということで、欧米では捕鯨をしなくなったというのは、話の流れとしてはよくわかります。
 しかし、日本を含むアジアでは、クジラは、それこそ骨以外はすべて食用、工業、商業用に利用されてきたわけで、現在でもクジラは、ほぼすべての部位が食べられると認識されています。その食用方法は、欧米人が、牛肉や鶏肉を食べるのと変わりないわけで、その意味で、なぜ彼らは、牛、羊、鳥は問題なく、捕鯨だけを反対するのか、よく理解できないのです。
 捕鯨反対運動をしている人々は、全員ベジタリアンかいうとそうでもなく・・・、どういう信条で捕鯨反対運動をしているのか、聞きたいところです。
海の哺乳類には知能があるからという人もいるようですが、それならば牛や羊、鳥などの陸の哺乳類、鳥類だって、同様の知性はありそうな気がするのは、私だけでしょうか。

 もともと日本では仏教の殺生禁止の教えがあり、江戸時代のころには四足の動物を食するのを禁じる思想へと緩和され、明治時代以前は、魚類(鯨を含む)、鳥類等、四足でない生き物は、簡単に言えば、おおっぴらに食べることができる、貴重なタンパク源となっていました(欧米では、また今では考えられないことですが、四足を食するかどうかが、差別とつながっていた時代もあるため、ここらへんのことを、当たり障りなく表現するのは、大変難しい。)。アジアでは、現在でも、宗教的に特定の陸の哺乳動物を食べない習慣があり、ベジタリアンは、理解できるのですが、海の哺乳類だけを差別化する理由がどこにあるのか。
 陸のシェパード(牧羊犬)は、人間の生活のために陸の哺乳類を追い回し、海のシェパード(SS)は、海の哺乳類保護のために、人間を追い回す。
SSとは、なかなかシニカルなネーミングです。

 日本人にとっては、ちょっと理解しがたいところであります。
この違和感は、たぶん、イルカ漁の撮影風景(今やシンボルとなった映画ですね。)を、山間部の羊や牛の囲い場に変えて、羊を捕獲していることが残虐だからと、一部の囲いをはずして、囲いにいた全部の羊や牛を野生に返すという活動をしている人をどう思うのかというの同じです。もともと羊をさほど食べない民族とは異なり、羊を食べる民族が、こういう動物保護活動をしている人たちを賛同するのでしょうか。
 
相互理解があれば、彼らの理屈(但し、活動資金集めという現実的なものではない。)が理解できるようになるのでしょうか。共通認識、相互理解は、これほどグローバル化した現代でも、なかなか難しいもののようです。

2014.3.31補足
国際司法裁判所 南極海での調査捕鯨禁止の決定を受けて
 さて、国際司法裁判所で南極海での調査捕鯨禁止の決定が出たそうです。今南極海でやっているのが調査ではないというのが判旨のようですが、なんというか、この追い込まれた状況での判決。
 次の南極海での再開議論は、世界食糧危機のころとなるのでしょうか。
 それまでに捕鯨の技術がすたれず、また、願わくば、南半球での決定的な食糧危機が、近い未来には来ないことを祈りたいところです。

2018.12.24 補足
 日本が完全に南極海での捕鯨をあきらめたようですが、逆にニュージーランドでは、ここ数年、湾内に大量の小型鯨が入ってきて100匹クラスの大量死をしています。単純に考えれば、以前ならば捕鯨により減っていた大型鯨が生き残るために、餌の消費量として等価となる数に見合う程度の小型鯨が自ら大量死を選んだということなのでしょうか。
 小型鯨は群れで生活するといっても、これだけ大量に集団行動するわけではないので、大量自死に近いという説に賛成です。
同じほ乳類で、ネズミなどでもそういう行動があると言われます。

 オーストラリアでもカンガルーが増えすぎると駆除するのを当たり前のようにやっているとのことですが(いわゆる害獣駆除に近いが食べるわけではないようです。)、この状況をどう釈明するのか、人間が食物連鎖の一部であり、それを止めると生態系を崩すとの認識がないことに根本的な問題があるのは理解の上ですが、こうなる前に、耳障りのいい言葉が正しいとは限らないことは自覚して欲しかったと思います。

 現状において、現存種の全滅が生じることがないよう、環境調整にして欲しいものです。

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-04-21 (1033 ヒット)
最近、縁があってフェイスブックを始めました。
とはいうものの、何をしたらどういう効果、影響が生じるのかいまひとつわからず、未だにほとんど手を付けてないままでいます。
自己紹介のところで、尊敬する人、好きな映画等、趣味趣向を入れる欄がありますが、知らぬ者同士の距離を埋めるために共通の話題を引っ張ることにコンセプトがあるようで、メジャーじゃない人や映画だと最初から入力できないことになっているようです。
20代のころから、尊敬する人はと聞かれた際に「弁護士の正木ひろし先生(故人)」と言っているので、入力しようと思ったら、入らず。。一昔前の人ではありますが、グーグルでは検索できるので、まだまだ業界ではそれなりに名の知れた人だと思っているのですが。残念なことです。
好きな映画は、入力できました。ベッド・ミドラーのメゾがかったアルトの声が好きで、フォーエバーフレンズと入れたのですが、20代にレンタルで借りてみた映画で、映画館で見たものではありません。個人的には、わざわざ、映画館まで足を運んだ、舞踏家の大野一雄(舞踏とは、日本で発展したダンスのジャンルと、第一人者は土方巽と大野一雄だと思っています。たしかどちらも体育教師出身者で、土方巽より、大野一雄の方が結果的にメディア露出度が多い)の記録映画などがいいのですが、最初から入ることはないとわかっているので、試しませんでした。。共通の話題探しという意味では、こういう映画は最初からアウトでしょう。
共通の話題探しというのは、なかなか難しいものです。

今回入力するにあたって、私自身、なんだかんだで、アメリカ映画は、50年代、60年代、70年代前半のアメリカを舞台にしたものを好んでみていることに気が付きました。ちょっと哀愁が漂う感じがいいですね。
「かっこうの巣の上で」という映画は、高校の世界史の授業で見ました。私の通学した高校での選択授業の世界史が、教科書をほとんど使わずに、当時の状況を具体的に知りましょうというコンセプトで、古代ローマなら「ベンハー」などと時代物の名作映画を見て、その後、その時代の関連論文を読み、映画の感想文を書くという、スタイルでの授業で、現代アメリカの象徴として映画鑑賞したのが、アカデミー賞受賞作品でもある「かっこうの巣の上で」でした。
 いい作品ですが、なかなか感想が書けず(というか、全く無縁のテーマで感想が書きにくかった)、適当に感想を書いて出したら、「そういう考え方でいたら、あなたもこの看護婦(物語上の支配的立場の人物)のようになりますよ」とコメントされて返されました。当時は、このコメントの意味も正確には理解できていなかったように思います。

マイノリティ、マジョリティ、あるいは、時代の変化によるそれらの逆転、価値の変化が日々生じ、また、自分自身も日々年を取り、立場も変わり、物の見方、考え方も変わっていきます。

今では、社会(主義)政策が行き届いているのは、どう考えて中国共産党率いる中国より日本ですし、クラスアクション的な巨額訴訟が毎日のように提訴されます。
誰がマイノリティなのか、被害とは何か、どうすれば解決が図れるのか、また訴訟社会の行き過ぎは社会経済の停滞につながらないのか等々、考えさせられます。
価値観の変動は、立場の逆転につながります。
たとえば、「一生養ってもらいたい」というのは、専業主婦が夫に対していうセリフのように聞こえますが、最近の芸能ネタではありませんが、意外に、男性がこういう発言をすることを、しばしば目にします。相手は国等々です。
生活保護費などの社会保障費の急激な増大傾向が進む負のスパイラルの中で、増税しても焼け石に水のような気もする等、いろいろあると思います。

だからこそ、当然のようになってしまっている慣行が本当に当然のことなのか、それを継続していくとどうなるのか、結局は「あの看護師のようになっていないか」と自戒するよう、心がけなければならない、と考えています。これもまた難しいことです。

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-01-29 (1026 ヒット)
昨年、NHKのプロフェッショナルを見ていて、「パルコ」のポスターを手掛けた人だと知りました。世界的に活躍されたアートディレクターですが、私にとっては、あのパルコの という方がしっくりきました。
おもに中吊り広告や、新聞で見たものですが、当時のパルコのポスターは、「パルコは普通のファッションビルではない」と自然に思わせるほど、他と一線を画していました。本当は、他と変わりない衣料品のショップが並んでいるのですが、あのポスターの印象は、「パルコ」のイメージをずいぶん独特なものにしていました。
この方とそれに続く後継者の方々たちによる、あのあでやかなポスター群は、おそらく今見ても見劣りしないものだと思います。

池袋に行って、パルコの前を通ると、今でも、なんとなく、当時受けたすごいファッションビルという印象を思い出します。
ニュースでは、作品紹介として資生堂のCMしかやっていませんでしたが、「パルコ」は数がある分(話題性あるポスターだけではない)、その凄さが際立つのではないでしょうか。
いい仕事をされたと思います。
謹んでお悔やみを申し上げ、ご冥福をお祈りします。

投稿者 : admin 投稿日時: 2012-01-29 (1114 ヒット)
アメリカの州で、韓国団体のロビー活動で、日本海を東海と表記する法案が提出され、辛くも否決されたとのニュースがありました。
今まで日本海であった表記が、(どこの国の東かは不明ですが)東海とされるというのは、不気味に感じます。そもそもこの海域の南は、東シナ海、南シナ海、インド洋あるいは、太平洋と続くわけで、東海という表記は、地理的にも、地政学的にも考えられませんし、歴史的に東海となった時期があったのか疑問です。明治以降に東海が国際的表記であったことはないのですから。
また、竹島の関係も、この無人島は、島根や隠岐の漁民の補給基地であったことは事実です。また、一説には韓国で独島というのは付近の有人島を指すのであり、独島と呼ばれていた島は竹島ではなかったという話もあります。

もちろん、現実的な問題としては、日本固有の領土である対馬(これは争いない。)での韓国資本の土地買い占め、対馬の旧領主宋氏の歴史的文書を韓国政府が保有する問題の方が、問題といえば、問題なのですが、この韓国系米国人は、韓国内の動きとは一線を画したどうもやっかいな存在のようです。
韓国人は、明治、大正期の日本のように開拓団として海を渡ったことはないようです。ただ、日本敗戦後、当時の朝鮮人の支配階級層に、韓国にいられないということで、アメリカに渡った人々がいたようです。日本でいうところのレットパージで追い出された知識階級が、そのまま国にとどまらず、アメリカに渡ったというところでしょうか。
韓流映画でも、パージで渡米したエピソードがやくざのストーリーにすり変わったのかなと思うような映画もあります。
弁護士出身の韓国の大統領がいた時期に、そういう人々の子孫が、先祖の土地が勝手に不法占拠されていると、土地登記簿に残った所有権の登記名義を根拠に、明け渡しを求める裁判をしたところ、当時の大統領が、日本統治の名残であると、そういう人たちの土地を狙い撃ちする、土地収用法のような法律を制定し、安く買いたたいて収用する方針との記事がありました(最終決着を収用か権利はく奪にしたのか等は確認していません)。

 いずれにせよ、そういう人は、いわば外国から自身のアイデンティティーの確立のために行動するため、韓国国内の動きと完全に一致しているわけではありませんが、やはり、「韓国」の動きであることは間違いありませんので、韓国内の動向を無視して語ることもできません。
 極東の小さな海域や島など、歴史的にも地理的にもアメリカでは全く関心がないだけに、それが定着する歴史的事実もないのに、突然東海になってしまう恐ろしさ、まさに大アメリカの、大ぶりなところを見せ付けられた記事でした。
 情報統制がなくとも、事実の歪曲化により、事実が事実でなくなってしまう危険について、考えさせられる出来事です。


04.22. 2012追記

独島が竹島ではないとする根拠
韓国内で大ヒットした「帰れ独島へ」という歌の歌詞は、有人島であることを前提にしています。しかし、竹島は岩礁でできた無人島であり、人が常駐できる島ではないのです。その他近くに独島と呼ばれていた離島があるようです。

朝鮮半島では、黄海のことを「西海」、日本海のことを「東海」と呼んでいるようです(最近の韓国紙の記事等)。
sankei.jp.msn.com/world/news/110106/kor11010612220005-n2.htmなど。いつまでリンクできるか不明ですが、西海 韓国、北朝鮮で検索してみてください。
とすれば、韓国内であっても、西海、東海は自国近海の海域の呼称であって、対馬海峡以北の広い海域(朝鮮半島の近海はその一部分にすぎない)全体を東海とするのは、歴史的にも水域の理解としても、無理があるわけです。

韓国系?の東海の請願行動による、ホワイトハウスのHPの一時ダウンのニュースに触発され、追加補足します。

2015.4.08補足
 本日、韓国の外相が、馬鹿に例えて、竹島が日本固有の領土とすることはおかしいとの批判をしたとのことです。
 現代ハングル語において、馬鹿の意味が語源の意味を正確に踏襲しているのかは不明ですが、少なくとも中国故事すなわち馬鹿の由来を正確に引用して発表した以上、一国の外相が発言する内容としては大変不適切です。 「馬鹿」の意味を考えると、韓国外相の談話は抗議の域を超えており、大変失礼な話です。
 日本の指摘する事実が真実で反論できないから、頭から馬鹿にするしかできないのでしょうが、これをやるとその国の品位と見識が疑われます。
 韓国は、70年の間に韓国国民をして忘却のかなたに追いやった漢字を、今一度見直しきちんと学習しなおすか、いっそのこと漢字を外国語として捉え、日本語としての漢字を理解し直すべきだと思います。
 
 韓国は、外相をして「馬鹿」と批判するしかないほど、韓国の竹島の不法占拠には法的正当性はありませんが、一国を代表して発言する以上、反論内容には細心の注意を払うべきです。

20170803補足
独島が描かれた朝鮮古地図の筆写本 日本で見つかる
というネット記事が出ました。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170802-00000011-yonh-kr.view-000
じっくり、地図まで読みました。
引用開始「鬱陵島の上方に「于山島は鬱陵島の東側にある」と記載されているという。」引用終わり との記事なのですが、上に書いてある説明文は、どう読んでも、鬱陵島の東西南北の長さと島周囲の長さです。。。。
なぜこれが、「于山島は鬱陵島の東側にある」と読めるのか。漢字が既に死語となっているからなせる、いわばお国柄かも知れませんが、東海同様の、独善的な稚拙な作り話と言わざるを得ません。
漢字で書かれた説明文ですが、漢字圏の国家なのであれば、この程度は、素読だけで、間違いを理解して欲しいところです。
 

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