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投稿者 : admin 投稿日時: 2010-01-17 (803 ヒット)
さて、現在の国家財政が泥船状態の、お先真っ暗となっていることを解説しました。
ただ、それだけでは何の解決にもならないので、気休め程度に、私なりの提案を。

国家財政基盤は主に税収に依拠しており、税収を増やすには、国民から税金を多く徴収すればいいのです。また支出を減らすのも一つの方向です。

現在、識者の中には、税収を上げるために、消費税を諸外国並に10%程度に上げるべきとの意見もあります。
逆に消費税を上げれば、景気が冷え込み法人税がかえって減るのではという意見もあります。

しかし、原則としては、やはり国内産業の活性化とそれによる税収アップを狙うのが、王道であることも間違いありません。
日本は人件費が高いので、他の面でのコストダウンを強力に推し進めなければ輸出産業としては育成されません。
したがって、今後成長産業として、期待できるものとしたら、今まで高コスト体質であった産業が狙い所かも知れません。

私的には、医療と農業ではないかと思っています。
1 医療を輸出産業(外国からの患者の医療収入があり、国内消費にとどまらないという意味で使っています。)にするために
 
 日本の理系トップクラスの多くは、医学部に進学する現状の中、明らかに市場は活性化してもいいはずなのに、市場原理が中途半端にしか働かない保健医療制度の中で、温室育ちが増え、国際競争力を失っていると思うのは、私だけでしょうか。
 また、現在でも労働人口は、長寿高齢者の医療費として毎月の健康保険料の中から20%程度負担している状況で(保険料徴収通知を確認すれば、長寿高齢者のために負担する保険料が記載されています。)、今後労働人口は減り、医療人口と直結する老齢人口の増大するため、今後確実に、健康保険料は値上げが見込まれます。下手すると保健医療制度は破綻となります。
 破綻回避のために、現在では、健康保険料滞納者に対して健康保険証を発行せず、事実上自費での受診を強いていますが、ベースとなる総医療費が今後増えるのが確実なので、これだけでは破綻は回避できません(本来であれば、こういう世帯を解消するために、保険料の軽減、そのために診療報酬の引き下げは欠かせないとも言えますが、今回は診療報酬が値上げされました。政治家は思惑で動くので、よくわかりません。)。

 そこで、私は、? 医療行為の一部除外・開放と、? 混合診療の容認、? 終末医療の一部保険撤廃、自費移行、? 自殺未遂常習者の自費移行を通し、率直に言えば、医療は、国内外の金持ちで儲けてもらって、一般国民に対しては、? 最終的には保険診療報酬の引き下げと、保険料及び負担率の現状維持(このままでは、確実に上がります。) を進めて欲しいと考えます。

 今、終末期医療のために、ICUが占領され、救命救急医療が十分に機能しない現状があります。
 また、高齢者が意味不明なほど大量の薬を処方される現状も無視できません。
 これは、全部、医療費として計上されているのですが、本当に必要なのでしょうか。薬の処方に関しては、医師から薬局に、もっと権限委譲して、本当に効率的な処方をすべきのような気がします。
 そうしたら、高齢者が薬を貰うために1分間の診療を受けて、薬代とは別に、健康保険料込みで総額5000円の診療報酬を支払う事態は回避できるはずなのです、制度上は。
 その上で、薬剤師の問診を充実させ、問題がある場合には、かかりつけ医の診察に誘導する程度に作り替える方が、余程、効率的でリーズナブルで、精神的時間的に忙しすぎる医業業務の改善になります。
 同様に、痰吸引行為など、日常頻繁に発生する行為で、いちいち医療関係者の到着を待っていられない病状緩和行為に関しては、早急に医療行為から外し、研修を義務づけた上で、介護施設職員でも可能なように法改正して貰いたいです。これに関しては、既得権益の固執としか思えないのですが、日医(日本医師会)の反対により実現していません。

 混合診療の容認は、自費(自由診療という制度は今でもあります。) に踏み出せない医療機関に、たとえば、丸山ワクチン (日本医大の丸山教授が開発した、30年くらい前に流通していた、ガンの進行を緩和する効用がある抗がん剤で、なかなか厚生省(当時)の保険認可が下りず、保険適用薬ではないが事実上、混合診療を容認された薬剤。) のように、はっきりとした効能はないとされるが、海外であるいは国内で緩和作用があるとされる薬がある場合には、「薬自体は高いが、高額な医療費の支払いを覚悟するのであれば使いましょう」 (その分、医療機関の儲けになりますね) という一部自費対応を促す、きっかけになります。
 混合診療の弊害として日医が主張する、「全ての国民に均一化された医療を実現できなくなる」というのは、実際、保険料不払い世帯への保険証の不発行により、現在でも実現できていないし(本来であれば、病気にかかる人は経済的弱者となるので、こういう人こそ救済すべきとも言えるはずなのですが。)、保険適用に値する薬剤、医療方法が開発されれば、それは従前通り厚生労働省の担当が適切に認可業務を行えば問題は回避されるはずですし、それはしなければなりません。
また、度が過ぎる程金持ち相手の診療しかしない医療機関に対しては、診療義務を規定した医師法を根拠に、コントロールする余地もあります。

 今topicalで、我々弁護士も頭の痛い問題として、終末期医療と医療同意の問題がありますが、この問題を後ろから後押しする制度として終末期医療行為の一部保険撤廃が考えられます。
 今の日本の医療技術は、胃ろう(咀嚼できなくなっても、切開して胃に直接高カロリーの栄養食を送り込むこと)などの方法により、高齢者が寝たきりの状態になり、意識がなくなっても、ICUで万全の看護をすれば、かなり長期にわたり生存可能です。
 そのため、終末医療は、医療費の中でもお金がかかる医療の一つとなっています。意識もなく呼吸をしている状態を継続させることがその人にとって幸せかどうかは不明ですが。
 ただ、胃ろうをするためには、体を切開する必要があり、本人の意識がない、あるいは認知症になっている等すれば、第三者が医療同意をしなければなりません。悩ましいのは、同意を求められた者は、図らずも当人の生殺与奪の選択の場面に直面してしまうのです。
 しかも、なまじ健康保険が使えるため、経済的理由は拒否の理由とはならず、「ただ生きているだけ」の状態を、残された者が望むかどうかにかかってしまいます。
 第三者であれば、尚更、複数人の利害を調整しなければならず、難しい決断を迫られます。せめて、経済的理由などあれば、逆に楽です。
 個人的には、身動きもできず、褥瘡の苦痛を我慢しながら生き長らえる気はありませんので、緩和ケア以外の終末期医療は受けたくないですが、それは、他人に強制できません。

 結論として、医療を輸出産業にするためには、もっと市場原理(健康保険制度という温床に浸かりきっている状態からの脱却)を取り入れなければ、国際競争力はつきません。
 それに伴い、現状よりも医療技術が発達すれば(私には、あまりの閉鎖業界のため、まだまだ口伝がまかり通っている世界のように思えます。)、十分輸出産業として耐えうるし、理系のトップクラスの多くが医師になる現状からすれば、もともと優秀な人材が揃っているはずだから、人材的にも問題ないはずなのです。
 
2 農業の輸出産業としての発展のために
  これについては、項を変えます。

投稿者 : admin 投稿日時: 2010-01-17 (679 ヒット)
さて、話を本題に戻します。
増収の見込みがなく、他に資産もない年収400万円の人に400万円を貸す金融機関は通常ありません。与信(経済的信用)がないからです。
ただ、現実に、こういうケースで借入ができてしまったところがあります。国家予算です。
平成19年度、平成20年度の予算の歳入は約83兆円、うち国債発行による歳入は約25兆4000億円だったのが(http://www.mof.go.jp/seifuan20/yosan002.pdf)
平成21年度は、歳入が約102兆4736円、うち国債発行による歳入は44兆円となりました(http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/002.htm)
税金の収入が約57兆から46兆円と、11兆円も減っているのに、支出が増え、そのため44兆円の借金で穴埋めしたのです。
今年は、国家予算の43%が借金でまかなわれます。

・・・・と思ったら、国家の借金は、973兆1626億円だそうですね。(http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2010012500833, 1/25付け財務省発表資料等)。ここまでくれば、寄らば「幻の」大樹の陰でしょうか。でも、見て見ぬふりは、できませんよね。

これ、個人だったら、絶対にあり得ないし、少子化、高齢人口の増加による医療費の激増・労働人口の健康保険料の負担増大が避けられず(にもかかわらず、年収300万円の医師がいるから?、医療現場が悲惨だ?と診療報酬を上げた、「今(自分)だけよければ」の政治家がいましたが。)、大企業のコングロマリット化・多国籍企業化、国内産業の空洞化と来れば、税収増大の見込みがあるとは到底思えません。
この国の政府は、次の世代に破産せよと言っているのでしょうか。あるいは、アルゼンチンのようにデフォルト(債務不履行)による、国家破綻を覚悟せよと言いたいのでしょうか。アルゼンチンは、インフレにより大変な状況になっていますね。

少子化対策の予算編成と言いつつ、過大な借金をして、将来に借金を残すのは、明らかに禁じ手でしょう。
だいたい、市町村の財政悪化で補助金が減り、市場原理だけで独立採算を迫られた公立病院が市場原理の煽りで(というより、人件費が馬鹿高いためだと思いますが)、破綻したからと言って、今後間違いなく、医療人口(すなわち老齢人口)の増大により医療費の激増・健康保険料の負担増額が避けられないのに、更に、診療報酬を引き上げ、医療費総額を上げるのは、あり得ない選択肢でしょう。今の高齢者や医療関係者のための「ミスター年金」は、20年後、30年後にインフレにより、年金を貰っても路頭に迷う高齢者を間違いなく増やしているのではないでしょうか。

借金は、上記の公庫基準を引用すれば、50年以上かけて返済していくとしても25%にとどめるべきです。その意味で、自民党や、消費税値上げを強く主張した与謝野元経済財政・金融担当相は、常識的だったのだと思います。

借金は、早く返さなければ、その分利子が膨れ上がります。
今まで多数の人の破産事件に関与して思うのは、支出を30%削るように生活水準をいきなり下げるのは結構厳しく、達成できる人は、半分程度です。
1億人以上が関与する国家予算ですから、前年度より収入のあてがないのに借金を前年比20兆円増やしたという無謀な政府が、いきなり平成20年度並の20兆円の減額(前年比歳出20%減額)をすることすら、正直厳しいと思われます。今後、しばらく続くと思われる景気低迷によって税収の落ち込みが予測される中、本来であれば国家予算は更に減額する必要がありますが、これに対応できるのでしょうか(本来であれば、税金収入の範囲で国家運営をするのが原則です)。
結論的には、余程しっかりしなければ、来年の新規国債発行は40兆円を下ることができず、まさに、お先真っ暗状態なのですが、本気で、財務省以外の、政府、民主党は危機感を感じているのでしょうか。

私も、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」や続編が上映された頃に、東京タワーに行った口ですが(東京タワーは混んでました。。)、東京タワーの建物には、自民党政権時代に「日本の国家の借金が毎秒、いかに増え続けているか体感するための」展示スペースがありました。(平成22年2月閉館予定の統計プラザの中にあった気がするのですが、今はないのでしょうか。)
秒単位でいくらの借金が増えていくかを示すデジタル時計や、国債発行額のお札の重さに相当するリュックが置いてあったりして、いかに日本政府が危機的状況あるか体感できる、主に子ども向けの展示スペースでしたが、まあ工夫はされていました。
この展示スペースができた時には、「こんな施設を作るより、国債の発行額減額の実績を出すべきだ」との世論がありましたが、今となっては、今回の予算編成に関与した人々に、この展示スペースで体感してもらった方がよいのではというところでしょうか。

我が国が泥船に乗りかかった危機的状況にあることを、大臣と国会議員と全ての予算要求者と政府は十分認識の上、前年比一律20%カットの国家予算を今から考えて貰いたいですね。
50年先までの未来に対しては責任を持ちたいと思います。


これが個人だったら、「今までの生活水準を考えれば、厳しいことだとは思いますが、これは、収入を大幅に超えた過大な生活を続けていることに間違いなく、免責不許可事由になりますが、裁量免責を狙いましょう。生活は収入の範囲内に必ず切り詰めて下さい」と説明し、破産申し立てをして、再出発といいたいところですが、国家はそうはいきません。

投稿者 : admin 投稿日時: 2010-01-13 (3098 ヒット)
数日前の日経新聞に、我が国とEUとの間の犯罪人引き渡し条約に、「死刑が適用となる罪を犯した被疑者についてはEU側が引き渡しをしないことができる」という一方的な条項が入ったとの記事がありました。
既に二国間条約を締結している香港との間では、そういう条項が入っておらず、これは不平等条約だと指摘する記事です。

不平等条約は、一旦締結がなされるとなかなか不平等を撤廃できません。古くから日本の国際政治外交で、足をひっぱり続けた代物です。
我が国の国際公法の歴史は、関税自主権の否定(我が国の関税の税率を、取引する外国が一方的に決定できるとするもの)の撤廃、治外法権の限定、属地主義の不適用(国内で犯罪を犯した外国人であっても、日本法による日本の裁判権に服しないというもの)の撤廃と、明治大正は正にその不平等克服に明け暮れたという歴史的一面があります。
義務教育レベルの社会の教科書の近代・現代史を素直に読むと、日本の外交は、西洋の法律に無知であった江戸時代の幕府高官がやってしまった失態をいかに改善するかに腐心した歴史であることが、よくわかるように書かれてあると思います(受験、その他の余計なことを考えず、素直に歴史の教科書を読めば、ですが。)。
 
さて、今回の問題のEU側の意向は、かみ砕いた表現に直すと「死刑制度が存続するような野蛮な国には、犯罪者は渡せない」という西洋的考え方から、西洋的考え方に至っていない日本に対して、当該犯罪人に対して「死刑制度」の適用を否定したいとの意図が根拠になっていると思われます。
つまり、「西洋人に対しては死刑は御法度。死刑はさせないことを条件でなければ、犯罪人を引き渡せない」というわけです。
この発想から、「死刑が適用となる罪を犯した被疑者についてはEU側が引き渡しをしないことができる」という一方的な条項を入れなければ、犯罪人の相互引き渡し条約には応じないとなったのです。
 
しかし、一般に、犯罪人引き渡し条約が問題になるのは、静岡で発生した南米のひき逃げ犯人の件もそうですが、人が死んだりする重大犯罪で、当然のことですが、重大犯罪であればある程、法定刑に死刑が含まれるのです。
とすれば、「死刑が適用となる罪を犯した被疑者についてはEU側が引き渡しをしないことができる」という一方的な条項を入ることによって、日本は、EU側に重大犯罪の犯人引き渡しを求めても、犯人引き渡しが実現されないという、全く不合理・不平等な条約になってしまいます。
もちろん、EU側にしてみれば、不平等条約の根本にある思想、すなわち西洋的レベルに到達していない法制度しかない国に対しては、不平等の取り扱いをするのは当然であるとの発想の下に、こういう要求をしているので、彼ら自身は、不当な要求をしたとは考えていません(今までの不平等条約もこういう発想が根底にあったと解説されていますね)。

ただ、不平等を甘受する日本側がすれば、どうなのでしょうか。
日本側の担当者は、外国のロースクールなどで西洋の法律を学び、根底に、西洋的思想をたたき込まれ、西洋的発想「死刑廃止」に達することなく未だに後進的な死刑制度を残している我が国に問題があると思ったのでしょうか。あるいは、世論の流れから、とにかく、犯罪人引き渡し条約の締結を急ぐべきと思ったのでしょうか。

締結を急いだ事情は不明ですが、条約は、一旦締結されると、締結したもの勝ちで、50年、100年も効力が生じて、不平等を甘受したものが不平等を甘受し続ける、誠に過酷な現状があります。
国際公法は、条約が基本ですので、一旦条約を締結してしまうと、他国が嫌だと言っても、相手が撤廃に同意しなければ条約の効力はなくなりません。その意味では、条約の締結・批准、すなわち、「合意」は大変大きな意味を持ちます。
これを撤廃して貰うには、「西洋並に」死刑制度が廃止されたときしか、ないでしょう。

死刑制度の廃止が世界的流れであるのは否定できないとしても、この条項により、犯罪人引き渡しがなく、日本に裁判権まで否定されるのは痛い問題です。ノルマントン号事件(1886年)でも、日本に裁判権がないことが一番の問題であったとされています。

死刑制度の廃止前、不平等条約撤廃前に、外国人による大量殺人事件、外国逃亡があれば、これも世論としても、大問題になってしまいます。

条約を締結・批准するにあたっては、我が国のメリット、なぜ、世論が条約締結にこだわっているのか、それによって世論の要求が満たされるのかどうか、正確に見極めた上で、条約の文言に隠された将来的なリスクまで見極めることが必要です。
ここまで考えれば、将来の火種となりかねない不平等条約の締結は、我が国に害あって利なしとわかりそうなものですが。

なお、新聞記事にはなりましたが、インターネットでの確認は取れませんでした。批准が未了で、不平等条約の文言が入った条約の発効が回避できるのであれば、これは問題になりません。そうなったのであれば、いいのですが。

ちなみに、我が国の中世・平安時代(794年から1192年まで)には、300年以上の間、律令制の下、死罪の執行がなく、その意味で死刑制度がなかった、世界的にも特筆すべき時期がありました。
ですから、死刑制度の廃止そのものは、西洋的なものとも言えません。平安時代の初期はともかく、後半の治世はどうであったかは、よく知られているところです。以後死刑がなくなったことはないと言われています。

投稿者 : admin 投稿日時: 2009-12-05 (1386 ヒット)
最近事務所のある中央区の、近くの小学校で校舎建替計画が持ち上がっています。
築80年を超える建物は、ぱっと聞いただけでは、壊れそうとか、ボロボロとか思うかも知りませんが、どっこい、これがかなりすごい、堅牢な建物なのです。
耐震性の問題はクリアしており、耐震補強工事の形跡は見られません。また、メンテナンスも行き届いており、コンクリートに、モルタルやペンキできちんと塗装してあります。

現代建築を代表する一人である安藤忠雄の建築物は、あえてむき出しのコンクリートのままにしますが、古い建物なので、塗装してあります。私の個人的意見としては、塗装がある方が、コンクリートに風雨が染みこまず、コンクリート配筋の耐久性が上がるのでかえっていいのではと考えます(もちろん、外防水、内防水の選択肢はあるでしょうが)。

さて、何がすごいかといえば、クラック(ひび割れ)がないことです。
平成でも昭和でも戦後の建物であれば、クラック(ヘアークラック)の一つや二つは、必ずあるのが普通です。
下手すると、築浅建物で、柱と壁のつなぎ目にヒビが入っていたりします。(これであっても、すべてが建物の耐力に直接影響するものではありません)
軟弱地盤が多く、地震の揺れも比較的大きくなる、中央区のこの地にあって、経年による多少のクラックは付きものいうべきで、たとえば、これが訴訟の対象になることはまず考えられません。

 建物内部は、大梁(900?×600?程度?)が、1間1820?程度の等間隔で入っており、床も丈夫でスラブ厚(コンクリートの厚さのこと)も十分に確保されているため、下に響く感じがありません。
 構造計算を根拠にしているわけではないので、正確ではありませんが、今の建築基準法に匹敵する程度若しくはそれ以上の強度を確保する大梁、床組の組み方なのではないかと思われます。

 ここまで、クラックが少ない原因は、きちんとした太さの配筋が細かく入り、またコンクリートの型枠工事も丁寧な仕事がなされたこと、梁が太く、数が多いなど、複合原因があると思われますが、配筋工、型枠工、いずれも、腕のいい職人さんが、丁寧に仕上げた仕事の成果、まさにgood Jobであるのも事実です。これは高く評価されるべきです。

 大手のゼネコンが、100年コンクリートをキャッチフレーズに売り出していますが、昭和の初期以前のコンクリート建築には、確かに100年以上の耐久性を持つ建築物が建築されたのです。

 先日教育委員会からの文書で、この建物に関して「雨漏りがある」「ひび割れがあったが今まで修繕してきた」などと指摘し、「だから建て替える」とありました。
 しかし、窓などのサッシの取り合い部分(つなぎ目のこと)のコーキングや、屋上防水シートは、もともと耐久年数があり、だいたい10年に1回程度塗り直すのは当たり前で、コンクリート建物で、雨漏りを理由に建て替えるなどというのは、建築を少しでもかじったことのある者が聞けば、あり得ない話です。
 同様に、80年の年月の中ではひび割れはあるのが当たり前で、ひび割れを補修しても表面だけのヒビ割れでなければ塗っても塗ってもヒビが浮いてくるのが、普通です。コンクリート劣化によるコンクリートの剥離が目視で確認できない現状の方が、奇跡的なのです。
 高度成長期以後の大量生産でのコンクリート建物の中で育ってきた者としては、壁に多少のクラックが入るのは当たり前で、これを理由に建て替えるのはどうも解せません。
 このような文書を配布することを容認するオブザーバーの設計事務所の見識を疑いたくなるのが、弁護士としての率直な本音です。
 建て替えの是非は、予算計上のタイミング等他の事情もありますので、ここでのコメントは避けますが、これらをもって建替理由とするのは、昭和一ケタの80年前に、この建物の建築を手がけた人々に対して、それはないのではないでしょうか。

 この日本では、毎日たくさんの建築現場で、多数の職人さんたちが働いています。配筋工(コンクリートの強度を確保するための鉄筋の配置する職人)、型枠工(配筋されたところに、コンクリートを流し込み、コンクリートを固める職人)は、工事現場でも、どちらかと言えば、地味な職種ですが、木造、コンクリート造、どちらの場合でも、建物の構造にかかわる大変重要な工程部分で、完成後に現場を見れば、電気工や左官などと比べ、出来のよしあしがはっきりわかる工程でもあります。

 この建物は、使用したコンクリートの質もあるのでしょうが、配筋工、型枠工の丁寧な仕事によりできたもので、昭和初期の日本の職人技の水準の高さがよく現れているのではないかと思います。
 中央区の郷土資料館で、ちょっと前まで「匠の町」という企画展が開催されていましたが、昭和一ケタの時代に、実に80年後の現在でも堅牢建物として存続する「いい建物」を建てる技術があったこと、そういう配筋工、型枠工がいたことを、私はちゃんと評価していいと思います。

 ちなみに、築後のコンクリート建物で、構造上問題としなければならないクラックは、赤さびが出ているなど、コンクリート内部の配筋がさび付いている場合などです。
 住宅の品質確保に関する法律で欠陥とされるクラックは、結構大きなひび割れです。普通のクラックは問題になりません。
 逆に言えば、建築現場で、クラックが完全にない建物を造ることを要求されることは芸術作品でもないかぎりは、まずありません。あの安藤忠雄の淡路夢舞台(巨大コンクリート建築物ですね。)でも、完全にクラックを排除できていないし、私が、2008年3月に歩いた限りでも、コンクリート勾配(設計ではなく、型枠の失敗と思われます)に失敗し、雨水が溜まり排水されていない箇所がありました。たかが型枠、されど型枠で、やっぱりそれなりに難しいのです。

築80年でクラックがほとんどない建物のすごさを、わかっていただけたでしょうか。

投稿者 : admin 投稿日時: 2009-08-22 (770 ヒット)
人は、それぞれいろいろな趣味があるわけですが、マンガ好きに、冠せられる言葉は「オタク」でしょうか。
何を隠そう、14歳位から18歳位まで、私が3度の食事よりも凝っていたのが、マンガです。小遣いをつぎ込むのは当然ですが、時間があれば、また時間がなくても時間を作って、本屋や貸本屋に足繁く通ってました。
こんなに凝っていては、学業の成績など推して知るべしで、司法試験に合格にしたのは、20歳くらいに惰性で続いたマンガ熱が去ったのが、大きな要因なのかもしれません。

私は、そういう経緯がありますので、何かにのめり込むということに関して、寛容な方だと思います。

なぜこの時期に、マンガ考なのか。
世論は、8月30日の衆議院議員選挙の話題で盛り上がっています。
日本を代表するマンガ文化を盛り立てようとする「マンガ喫茶」もどき施設の建設計画が、この政権交代があれば、頓挫の危機にあり、再び「オタク」扱いに逆戻りする前に、マンガの文化としての芸術性を再考できればと思い、項をもうけました。

マンガは、文字通り、現在にあっては大衆文化の象徴であり、日本が誇れる文化の一つです。
特徴を挙げるとすれば、私は以下の点を挙げたいと思います。

特徴1 情報量
  マンガと活字文学の最大の差異は、その情報量の多さです。
  マンガは、吹き出し、ト書きにより、活字と絵をうまく組み合わせることにより、活字文学とは桁違いな情報伝達量を可能にさせます。これはマンガの最大の特徴です。
  
  簡単な例で言えば、マンガ日本の歴史(学研)は、かの往年のベストラー中央公論社の「日本の歴史」(今は中公文庫から出ています。)なみのマニアックな記述が随所に見られ、小中学生向けの歴史本の中では、一番詳しい内容だと思います。
  歴史本が本文、挿絵、説明の組み合わせで語るものを、ト書き、吹き出し、動く人物画、背景を組み合わせ、効率よく、時代の特徴、考え方、風俗、文化を伝達することを可能としています。

  ちなみ、アニメ文化とマンガ文化は、似て非なるもので、完全に一致するものではありません。アニメファンとマンガ好きも、微妙に違います。
  私がここで、問題にしているのは、欧米やメディアを通じて盛り上がっているアニメ文化ではなく、主にアジア圏で、吹き出しとト書きが地元言語に翻訳されて、日本の書店並に、市中の本屋の本棚の一部を占拠する象徴的な光景で特徴づけられるマンガ文化のことです。
  
特徴2 画像情報の普遍性
  一般に、ノーベル文学賞を欧米圏以外の作家が受賞するには、いい翻訳により、問題とするテーマに、欧米人が共感できることが条件であると言われます。

  活字文学・文化では、文字には現れない、行間の雰囲気をきちんと翻訳しようとすると、非常に難しく、それは文字を正確に翻訳するのでは駄目なわけで、文化的、歴史的、風俗的背景を踏まえつつ、翻訳する言語の中で一致する表現を選んで使う必要があります。
  いい翻訳は、うまい意訳というわけです。

  ところが、画像情報、特に登場人物の動き、日常的な光景は、見れば誰しもわかるわけですから、必ずしも、「いい翻訳」がなければ受け入れられない訳ではありません。
  少女マンガの真骨頂である精細な人物描写は、ある意味万国共通なわけです。もちろん、世界は広く、特定の行動に対する定型的な反応・対応行動は、地域が違えば様々ですから、文化がかけ離れると共通性はなくなりますが、ある意味、それは日本の文化の発現、異国情緒として、捉えられるわけです。
  その意味で、マンガ文化は受け入れられ易い素地があります。

  画像情報の普遍性を言うのであれば、更にその上を行くのが、アニメ文化です。
  成長期の子どもは、「当該文化圏」の文化に染まりきっていない関係で、異文化に寛容で、かつ、勧善懲悪をちょっとひねった程度の平易なストーリーには、日本文化の独自性を盛り込むことが困難ということもあり、普遍性があるので、世界文化の一つとなる可能性があるわけです。

特徴3 大衆文化として、活字文学では開花しにくいテーマが受け入れられること
  
  難しい表題ですが、要するに、子ども向けの児童文学や、極端に言えば、集英社のコバルト文庫より、泥臭い日常が当然のように受け入れられるのは、マンガの特徴です。
  たとえば、私的には、昭和60年代の頂点的作品の一つとして、紡木たくの作品を挙げたいのですが、この人の作品は、登場人物は中学生や高校生で、ほぼ全員制服で、不良がかっているがアウトローというわけでもなく、ストーリー的には活字文学的な話題性はなく、平凡ではありますが、何をおいても、登場人物の表情のかき分けとその綺麗さ(同じ描写の的確性でも、大友克洋のような感じではない)には、他の追随を許さず、大変人気がありました。
    
  ただ、皮肉なことに、この人の芸術性は、大衆(具体的には小中高校生の読者)には、逆に「マンガは難しい」(行間を読みにくい)と受け入れがたくなり、折原みとなどの少女小説家のブームにつながりました。
  
  かくいう私は、当然ですが、紡木たくはほとんど読破し(たぶん、最後の頃は、別冊マーガレットそのものを読まなくなったので、全部読んではいないかも知れません。)、読むたびに感心した記憶があります。口では言えない、情景は誰しも持っているものですから。

  更に、マンガでは、活字文学では、およそ受けないであろう、戦中戦後や、明治大正を題材にしたもの、中国大陸を題材にしたものが、結構あります。
  そういう意味では、私の大陸ロマン嗜好は、里中真智子、大和和紀などの大御所の作品と、森川久美などLaLaの作家から生まれました。作品暗めですが森川久美も、当時刊行されて全作品読破してます。
  活字文学として、あまり目にしない、大正、昭和初期の大衆の一断面を、確かな形で、伝えているという意味で、ここら辺の分野のマンガは、普遍性はないですが、マンガ独特なものと考えています。

  とかく、マンガは、作家と腕のいい編集者(アイデアを助言する)のチームで成り立つものと言われます。
  作品を下支えする編集者の存在を無視しては、語れないのでしょう。


2 文化保存として、望むこと

  さて、本題です。未だに世間では、マンガといえば、取るに足らない娯楽であり、芸術、文化ではないとの認識があります。
  それは、マンガが、リアルに根付く大衆文化であるから仕方がありません。
  例えて言えば、日本が誇る独自の絵画のジャンル浮世絵も、浮世絵が大衆生活に浸透していた江戸明治初期には、日本画として受け入れられず、浮世絵の芸術性が、欧米で評価され初めて日本で認知されたことからすれば、これは、やむを得ないことかも知れません。

  ただ、マンガは、それこそ、洪水のように巷に溢れ、よきマンガの絶版が日々行われているも事実です。神田の古書店街では、異様に古いレアマンガを置き、アマゾンでもかなりの本が手に入ると言っても、限界はあります。
  マンガ雑誌も今ではずいぶん様変わりし、廃刊も多いのです。  貸本屋も結構廃業が多いと聞きます。そこに行けば大抵のマンガ本が手に入ると言われていた柏の貸本屋もずいぶん前に、廃業と聞きました。
  
  膨大なマンガの消滅・散逸を防ぐため、マンガ本のマイクロ化と、閉架式での(マンガ喫茶がいいとはいいません。) 刊行されたマンガ本の保存を、どこかでやれば、いつの日か、芸術として昇華される日も来ると期待しているのですが。

  
  アニメでも同様に、全フィルムの保管が必要でしょう。有名なものでも、結構散逸しているとのことですから、これらの収集は費用をかけてもやる価値はあるのかも知れません。

 観光客を呼び込むことは、二の次にして、将来、マンガを、正当な文化に高めるために、適切な収集、保管を期待します。


 昔は、頻繁に本屋に行き、少しずつマンガを買い足していったものですが、最近は、お金に余裕があるので、大人買いをします。
でも、はまる程の作品には出会えていません。
 私自身は、絵画に例えて言うならば、国立西洋美術館にずらずら展示される名作よりも(と言っても、常設展(いわゆる松方コレクション)はかなり、いいものがあります。私は、ここで開催される特別展に劣らず、粒ぞろいだと思います。)、作家一人につき一点に出品数を限定しつつ、膨大な作品展示数を誇る日展で、自分の好みで、自分の気に入った作品を一つ見つける方がいいタイプなので、もう、はまることはないでしょう。

 最後にはまったのは、佐藤史生ですが、知りませんよね。今でも結構好きです。

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